夜の海

1/1
前へ
/10ページ
次へ

夜の海

玄関では、海丸がハーネスをつけてもらっている。航平は、海丸の白いふさふさの毛をなでたり、鼻先を指でトントンとしたりして、私を待っていてくれた。 「姉貴、早く!」 「待って」 慌てて上着を羽織って、後を追いかける。マフラーも迷ったけれど、海丸と航平はすでに歩き出していたから諦めた。 まだ、片方の靴に踵がちゃんと入っていなくて、ぴょんぴょん跳ねながら、指で靴を引っ張った。 その間にも、1匹と1人はどんどん進んでいくから、私は早足で後を追った。 白いふさふさのお尻、機嫌がいいのか左右にリズムよく揺れる尻尾。グレートピレニーズの海丸を見ていると、背中に乗ってみたいという衝動にかられる。実は、だれも家にいないときに、立っていた海丸の背中に股がってみたことがあるけれど、海丸に体重をかけると、そのまま、その場に伏せってしまった。 私がやりたいことを分かっているのに、なかなか乗せてくれない。 住宅街を抜けると、堤防に出た。小さな砂浜がある。ここは、遊泳区にはなっていないから、地元の人ぐらいしか来ない。 浜に下りると、航平は、海丸のリードを外した。 先には黒く見える夜の海。波の音が静かに響く。今夜は風がないけれど、ひんやりする。私は両手を上着のポッケに突っ込んだ。 浜は、街灯に照らされているから、2人が(正しくは1人と1匹)かろうじて見える。私は、戯れている2人を横目に、いつもの場所に腰掛けた。 夜の海は、月のない空と混ざってしまって、先は暗闇だ。ただ、何度も繰り返す波の音だけが聞こえる。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加