夕暮れ

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夕暮れ

外は日が暮れて、薄っすらと淡い紺色の空が残っている。電車は大きく弧を描いて進み、その先には、影となった山がみえる。その麓に広がる街の灯り。 大きくも小さくもない街。 私は窓に顔を近づけて、そのことを確かめると、深く息をして、窓にもたれた。 今日も疲れた… 車両には、おなじく仕事帰りと思われるスーツ姿の人や、部活帰りの高校生。 もうすぐ着くな… と、思ったところで、車内放送が流れた。 さぁ、降りよう… 車内にいた、半分くらいの人がホームへと下りていく。11月も終わりになると、夕暮れは冷やっとする。 下り立ったホームでは、足早に階段に向かう人が多くいた。私は、ゆっくりホームを歩く。改札を出て、駐輪場で自転車のカギを探していると 「みさちゃん!おかえり」 と声をかけられた。薄暗くて、はっきり見えなかったが、たぶん、「さとや」のおばさんだ。 「こんばんは。冷えますね。」 「本当ね。暗くなるのも早いしね。仕事?お疲れさまね~。」 「あ、はい。帰りです。」 「そう。大変ね。風邪ひかんようにね。じゃ、お父さんにもよろしくね。」 「はい。おやすみなさい。」 そう言いながら、おばさんはヘルメットをかぶりいつもの原付で走っていった。 さて…と。 だいたい駅から10分くらい漕いだら家だ。 まだ薄っすらと残る淡い空が右目の端から背中へと消えていく。 はぁ… 今日1日の事が頭をかけめぐる。 校長の朝の挨拶は長い。4限目テストとか、お腹鳴りそうで嫌なんだよな。午後の授業は半分が寝てるし。華奈と茉利子のコンビネーションがうまくいかなくなってきた…なんかあったのかな、あの2人。あ、そうそう、長井先生のあのあからさまなアプローチ勘弁してほしぃ…。 そうしているうちに、家が見えてきた。 あ… 白いコンパクトカーが家の前に停まっていた。たぶん、あのヒトだ。 あー、もう、この最後のちょっとした坂道がキツい。 なんとか登りきった。自転車から降りるのと同時に白いクルマは走りだして、行ってしまった。 「ただいまぁ」 玄関に鍵はかかってなくて、海丸が廊下をかけてきた。白いシッポを右へ左へゆさゆさ揺らせながら、笑顔で出迎えてくれる。 "ねーたん、おかえり" そう私には聴こえる。 下駄箱の上に白い包み紙があった。やはり、あのコンパクトカーは、彩葉さんか。 「おう!おかえり。着替えて手伝え」 奥の台所から、父が顔をだした。 「着替えてくる。」 私は手洗いをすませ、玄関横の階段をあがった。部屋着に着替え、髪を束ねた。私の部屋からは、海が見える。家が少し高台にあって、海までは遮るものがなにもないから、よく見える。耳を澄ませば、かすかに波の音が聴こえる。 下へ降りて、台所に入ると、父が慣れた手付きで鰤をさばいていた。たぶん、今朝、水揚げされた鰤だろう。 だんだん、魚が美味しい季節になってきた。 父は、近くの漁港で漁業協同組合の役員をしている。漁には出ない。若い頃は、漁師を目指したこともあったらしいけど、母の話では、どうも船酔いしてしまう体質らしく、漁師仲間から、協同組合の事務を任されることになったらしい。 さて、周りをみたところ、今夜は刺身と鰤しゃぶかな。母は、赤身より鯛とか白身が好きだった。 明日は、母の月命日だ。 彩葉さんが来てたのも、だからだ。 一通り準備ができ、父と食卓についた。 父はもう一杯やり始めてる。 「ねぇ…彩葉さん、来た?」 「おぉ!また来たよ。あ、そうだ、玄関に置きっぱだから、中開けて母さんにやってくれ。」 「もぅ…」 私は口一杯に鰤しゃぶをほおばって、玄関へ向かった。 「はふっ、はひっ」 あっつぅ~口ん中放り込むんじゃなかった。涙でる。 下駄箱の包み紙をもって、居間にもどった。 「…もぅ、いいっつってんのになぁ…あの娘も律儀というか…まだ若いのに、そんなに背負わんでものぉ…」 テレビを見ながら父はつぶやいた。その横顔は、笑ってたけど、まるで泣いているようにも見えた。 「…うん…」
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