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プレリュード
教室が水を打ったような静粛に包まれる中、栗毛頭の小柄な少年が徒然草の朗読を終えると、微かさえずるセミの声に難しい顔をしていた彼女の頬が教壇で崩れほころんだ。
窓側の端、三席目。一人椅子から離した背中に皆の憂いを暖めた栗毛の少年は肩を小さく刻み開いた教本を頬に押し付けそれを濡らしている。彼女が教卓に眼鏡をぬぐうのに堰が切れたよう、ともなく始まった拍手はいづれ小さな木造の校舎を包むほどに喝采と変わっていった。
――この物語は心因性失声症の少年と、それに向き合った音楽教師のお話。三日月を椿色にした少年は大人になった今も彼女を慕い続けている――
人影の無い山陰にぽつりとたたずむ校舎。今はすでに過疎化で廃校となってしまったが当時は二百人ほどの生徒が在校していた小学校だ。校庭の広さだけは不相応に十分だが木造の平屋作り、築四十年を越える校舎は都心に建てられるような鉄筋のそれとは当時でもくらべものにならぬほど不便なものだった。
しかし時代に取り残こされ朽ちゆく校舎で唯一優雅を音楽室に鎮座するグランドピアノは、射し込んだ夕陽をきらきらと積る塵に漆黒を揺らめかせ、今だその存在を誇っている。
それはこの物語を讃え続けているかのように。
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