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出逢い
朝露の肌寒さは山間の集落にこの季節はまだ仕方のない事だ。颪が漂いつかないだけでもマシだが、休日の朝を虚ろわすには然るべくというやつだろう。
週唯一の休校日である日曜日、年度変わりのあわただしさも抜けた頃なのだが、落ち待つ珈琲を眺める佳奈子は何やら倦怠を漂わせていた。
こそばゆい陽光が領域をレース越しに伺っている部屋。そこはアパートと言っていいのだろうか、佳奈子の住む二階建ての建物だ。築十五年ほどというのは集落ではぞんぶんまっさらな手合で、まして職場程近く手頃な賃料は独り身住まいにはまるで不都合が無い。
部屋の足元に構える八百屋と豆腐屋にはしこたまあてがいをもらえるのだから尚更だ。みせ屋の親父どものやかましさも息とめる明るみは佳奈子にとっても安らむ休日のはずなのだが、抜ける吐息の矛先はどうやら昨日の戸惑いのようだった。
――職員室が随分と疎らになり始め、傾けたお天道が柑子色を彩る。低くさし込むまばゆさに日除けを掛けようかという頃、佳奈子が応接用のソファーから背中を伸ばし一礼を垂れた。
体裁の先に訪れたのは柏森進。託す子息の申し合わせというやつだ。僅かな佳奈子の戸惑いは当事者である “ 雪乃 ” への感づきにひと間を要したからだ。
確かに八歳のわりには細やかではあるが、義父の背に隠れていた訳でないのだから視認おぼろなのは務め疲れでも出たのかと、そのあかしに向かい座りにまやかす佳奈子の言いまえ、舌端はやや騒々しいくらいだった。
しかし教本や教材、授業日程などは滞りなく仕済ませ、ひとつ厄介が無いはずなのだが何かはっきりしない靄は落ち切った珈琲を前にした佳奈子を未だ惑わせている。
“ 柏森雪乃 ” 栗毛色の髪を女性のショートボブのようにさらりと揺らし、びー玉のような目をした小柄な少年は白めの首筋になおさら華奢さを醸しながら佳奈子に対とした。
それは三十分ほどのわずかな時間だったが、それでも佳奈子の捕らえた雪乃の声は一度の『はい。わかりました』だけだ。
口数が少ないといえばただそれだけなのかもしれないとはぐらかした佳奈子だが、着つけたブレザーのハーフパンツから高く折りしなる雪乃の膝に絶えず据えられた義父の手のひらの戯れた不揃い、湯あがりふぜいのふうわりとした頬と、蕾まま揮発した椿のような唇で時折見せる声の無い雪乃の笑顔は、週刊誌さながら過ぎるほど綺麗な三日月のようで、あまた佳奈子の喉をみだりがましくぬらつかせる。
――それはまったくひとつの差し障りも無いのだが、雪乃のそれでも蜉蝣ごとくまるで誇示させぬ存在の異質、“ らしくなさ ” は未知の戸惑いを佳奈子に抱かせ、久しくもたれていない縁故への便りに委ねる事を選ばせた。
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