【Case01】和磨×Nao

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 昨日、丸一日かけて部屋を片付けた。 普段使わないスリッパも新調して、観葉植物なんかも置いてスタイリッシュな部屋を演出してみた。 彼の食の好みに合わせられるように、とりあえず冷蔵庫はあらゆる食材でパンパンだ。いかにも"用意してました"の部屋に彼が足を踏み入れてまだ数分。長い夜になりそうだ。  6畳のフローリングの部屋二つ。 キッチンと繋がるリビングには二人掛けのソファーとテーブルにテレビ。その横の引き戸を開けると寝室。 ただそれだけのよくある変わり映えしない部屋だか、何故か彼はじっとしないで上を見たり下を見たり。  「そんなに珍しい?なんか恥ずかしいよ。とりあえず座ったら?」  「ごめん。他人の家来るの久々だから」  パンパンの冷蔵庫を開けてひとまず飲み物を探す。適当に突っ込んだ食材達ははどこに何があるか分からない状態。手を入れて奥を確かめる。手の感触で缶だとわかり引っこ抜くとビール。さすがに明日も撮影だし……ダメかな?  「あれ?マッチングボーイズ好きなの?」 テレビの下の再生デッキに置かれたDVDを手にして言った彼。  「えっ、うん。好きだよ」  「本当?俺も大好き!面白いよね」  彼の言うマッチングボーイズとは、お笑い芸人のコンビ名。癖のあるネタやキャラクターで大衆人気と言うよりは一部のコアなファンが多い。まさか彼がそこに食い付いてくるとは想定外だった。    「これ後で観てもいいかな?」  「もちろんいいけど、Naoくん好きなんだ?お笑い好きなんてイメージなかったな」    煙草といいマッチングボーイズといい彼の新たな一面がざくざくと溢れ出していく。それは裏を返せば彼の事を何も知らなかったんだと思い知らされただけでもあるのだか。  「これは……俺が出てるやつ」 いくつか重なって置かれている山の中から、明らかにお笑いとは別ジャンルのパッケージをしたDVDを取り出した。 "まずいっ"そこはノータッチだった。冷蔵庫をバタンッと勢いよく閉めて駆け寄る。  「あっ!いや違っ……これはっ!そう!こうゆうの仕事で貰うんだよ!自分の会社の商品だからさ、サンプルとして」 あたふたしながら必死に説明する僕を涼しい目で見る彼。完全に引かれただろう、万事休す。  「まぁそうだよね、ADだし当たり前か」  それにしては彼の作品だけが置かれてるし他社レーベルのディスクがあるのは不自然だけど。そこには気付いてないようだ。肝心な所を片付け忘れていた。気まずくて顔を見れないでいると手に持ったビールをにスッと奪われた。    「これ貰っていいの?ありがとう。一緒に乾杯しようよ」 タブを開けて勢いよく音を鳴らすと缶をコツンと当てて顔を近づけた彼。  「友情の印に乾杯!」  ビールのコマーシャルかと思うほど爽やかな飲みっぷりだ。彼とかわす仕事終えた後の一杯はまた格別だった。それと気になったが"友情"ってワードは"現場スタッフ"からいつの間にか昇格していたと判断していいのか。  「んっ、なんか食べ物も持ってくるけど何がいい?」  「あっ気使わくていいよ。いつも夜はあまり食べないから……おつまみ程度の物で」  「うん。じゃ探してくる!DVD観てて」  すぐキッチンの横の棚にしまってあるあの瓶。 まったりしてしまったが、やるなら今が一番のタイミング。覚悟を決めた。 閉まってある棚の鍵を開けてあの瓶を取り出す。緊張から手が震えて、落とさないように両手でガッチリ掴んだ。失敗しない様になるべく近くに置こう。あとは特に難しい事はない。  "密閉された二人だけの空間に瓶の蓋を開けて5分間一緒にいるだけ" あの人の説明ではそれだけだった。窓も閉めたし彼はソファに深く座り、マッチングボーイズに夢中で動く気配はない。  そして意を決してパンドラの箱を開けた。 一瞬にして未知の香りが鼻まで登ってくる。脳を刺激する強い香りが放たれて思わず距離をとった。彼を見るとテレビを見たまま反応はなし。言われたとおりだった。 "対象者には匂いはわからない"と。  花の様で果実の様でもあり、甘さもあるが人工的な薬品の香りもする。今まで体感したことのないこの香りの名前は知らない。 徐々に身体の力が抜けてくような気持ち良さに包まれて壁にれた。  次第に香りが薄れていき時計の針が5分を経過するのを見届けると、身体の違和感や鼻に(まと)わりついた香りは何もなかったように完全に消えた。  「あっ、このネタ好き」 二人の間に見えない壁で遮断していたかと思う程に彼に影響を感じない。この数分間テレビに向かいただフフフと笑っている。 状況はともかく後は成るように成るさと鷹をくくって彼の元へ。  「はいこれ。何が好きかわかんないからチーズとか色々持ってきた。お好きにどうぞ」  「ありがとう。ねぇ、和磨も一緒にここ座って観よう……あっ……」  聞き間違えじゃなければ、彼に名前を呼ばれた気がした。彼の口から"君"ではない名前が。 狐につままれたような顔をした僕を見ている彼の頬も少し紅潮して見えた。  これがオイルの効果だと断言するにはまだ早いが彼の中に僕の存在が確かにあると感じられた事が堪らなかった。
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