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「今……和磨って?」
「あっごめん、急に呼び捨てして」
「ううん!全然いいんだけど、と言うか僕の名前知ってたんだね」
「うん。岩咲 和磨でしょ」
ビールをちびちび飲みながら合間につまみを食べて淡々と答えた彼。
ちゃんとフルネームで自己紹介した記憶はないんだけど、どこからその名前を覚えたのか。
「いつも怒られてるADの岩咲くんって覚えた」
「は?もう〜何だよそれ!」
"なんでやねん"とナイスなタイミングでテレビから大阪弁が会話に入ってきた。思わず二人で顔を見合わせて笑う。
「でもNaoくんだけ知ってるのずるいよ」
「えっ?何が?」
「僕の名前は知ってるのにNaoくんのは知らないから」
「別に知らなくていいよ」
「やだ。教えてよ」
「やだねっ」
小学生のように擽り合いながら戯れ合う。まるでずっと仲の良い友達だったみたいに。
「あっっ!!」
真上に上げたビール缶にバンッと勢いよくぶつかって弾かれた缶が宙に浮く。上から溢れ出した黄色の液体をシャワーのように浴びた彼。
床に落ちるとくとくと全て出し切る様にビールが流れ出した缶。
「Naoくん!ごめん、大丈夫!?」
目を瞑った彼の髪の毛や顔、そして服からアルコールの匂いが漂ってぽたぽたと雫が落ちる。
「タ、タオル!」
「いいよ。……このままお風呂借りようかな」
「あっ、、そうする?」
彼をお風呂へ案内してゴソゴソと脱衣所のラックに手を伸ばす。
「はい、これ着替えとタオル」
「ありがとう」
バタンとドアが閉まると肩を撫で下ろした。
ひとりになった部屋でオイルの瓶を手にして中を覗く。何も入っていない空の瓶に蓋をして元の棚に戻した。
それから床に溢れたビールをタオルで拭く。床についた匂いがなかなか取れなくてゴシゴシと力を入れた。"はぁ"と息を吐いてソファーに保たれた。
すると彼の鞄がパタンと倒れ中身が飛び出す。
「ヤバっ、、」
財布や台本が転がりすぐに中に入れた。
「ん?……これは薬?」
透明のプラスチックケースに数種類の錠剤がたくさん見える。少し気になったが彼が出てくる気配を感じて鞄に戻した。
「ソファーで寝るの?」
ソファーにブランケットを運ぶ和磨に言った。
「うん、Naoくんはベッド使って」
「いやそれは悪いよ!ただでさえ泊まらせてもらってるんだから。」
「全然平気。徹夜で会社のデスクで寝る事だってよくあるしね。AD始めてどこでも寝れる特技が身についたみたい」
ハハッと笑いながら言った和磨。
「何それ?それを言うなら俺だって」
「ん?」
「この仕事始めてよく知らない人とでも同じベッドに入れる特技が身についたみたい。だから一緒で大丈夫」
その言葉に一瞬で静まる雰囲気。
「あれ?面白くない?うまいこと言ったつもりなんだけどなぁ」
やっぱりお笑い好きなんだなと思う反面、誰とでもベッドに入れる特技はなくてもいいと少し嫉妬してしまった。彼の冗談はさておき言葉の意味は確かめる必要があるかも。
「えっと……それって」
「あー…、俺は同じベッドで寝てもいいと思ってるって事だけど……やっぱり嫌かな?」
「嫌じゃないけど、狭いよ?」
「それでもいい」
目の前にあるのはもちろん普通のシングルベッド。この面積に成人男性二人が寝そべるとなれば、距離はポッキーを横に一本置けるかも微妙なレベルだ。
時期的に分厚い毛布ではなく薄めの掛け布団が一枚あるだけ。彼はソファーに置いていたクッションを持ってくると枕の横に置いて並べた。
並んだ二つを見て頭が混乱してくる。
あのオイルに頼ったはいいが、いざ彼が僕を好きになって一体何をしたいかなんて具体的に考えいなかった。勢いだけで先走ってしまった様に思うけど、今まさにこのシチュエーションは効き目抜群って事でいいのかな。
「じゃ寝よう……か」
室内の電気を薄暗いオレンジ色に変えると先に彼がゆっくり布団を捲り身体を入れて端に寄る。空いた彼の隣のスペースを見た。
彼のこの姿は何度も見ている。だけど隣にいるのは男優でもなく演技指導中の監督でもなく自分なんだ。
お酒のせいか少し眠気が襲いぼんやりし始めていたのに、ドキドキで今は全く寝つけそうにない。変な汗までかき始めた。
布団の中は暖かくて彼の体温が布団をかえしてダイレクトに伝わる。お互い並んでただ黙って天井を見つめてしばらく無言が続いた。
「尚翔」
「えっ……?」
「俺の名前、知りたいんでしょ」
「あ、、尚翔くん……か」
「くんはいらないよ。尚翔って呼んでよ」
初めて彼の前を聞いた。嬉しかった。
AV男優のNaoの仮面を外して、一人の20代の男子としての素顔を見せてくれた事に。
「……どうゆう漢字書くの?あと!歳はいくつ?……あれっ、、寝て……る?」
手探り状態で始まってしまったが、彼を好きな気持ちは膨らむばかりで横にでスヤスヤと小さく呼吸している顔を見ている。寝る時間が勿体なくて瞼が下りるまでずっと飽きるまで見ていた。
"好き"
この気持ちを彼に伝えるまで近くにいて。
「尚翔おやすみ、、」
◆◇◆◇◆
「まだやってんの?」
『あぁ、先に寝てていいよ』
帰宅してからずっとパソコンと睨めっこで日付け変わっても終わる気配がない紘巳に痺れを切らして部屋を覗いた典登。
「何これ?ハロウィン……ボトル?」
パソコンの画面に近寄って言った。
『あぁ。爽がさ、もうすぐハロウィンだから特別な期間限定オイル出したいってうるさくてな」
「爽が?でもまぁ、いいかも。今までそうゆうのした事ないもんね」
『だけど……ハロウィンに合う香りがわからない』
"うーん"と顎に手を添えて考え込む紘巳を後ろから勢いよくガブリと首に噛み付いた。
『……ッ痛!典登、何だよいきなり』
「ふふっ。オバケに襲われたらいいアイデア思いつくかもよ」
『何だよそれ。誰に襲われるって?』
座っている紘巳の足を跨またいで乗りかかると向かい合わせに座り、着ているトレーナーのフードを被って肩を手を置いた。
「だから、いつもは襲う方だけど今日はオバケに襲われて見る?」
オバケのポーズをしておちゃらける典登に呆れ笑いをした。
『……そうだな。あっ待て、後ろの時計見て見ろよ』
「あっ、動いてる。ゲスト蓋開けたんだね」
この部屋にかけてある時計……26番ルームにあったローマ数字のあの時計と同じもの。
止まっていた秒針が動き始め時を刻み始めた。
オイルのカウントダウンが始まった証だ。
『あぁ。始まったみたいだな』
「それなら……僕らも始める?」
『何を?』
「わかってるくせに」
とろける様なキスをして紘巳はパソコンをそっと閉めた。それぞれの男達の夜が更けていく。
どんな夜を過ごしても迎える朝はみんな平等だ。
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