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目を伏せて床を見ているとしばらく無音状態が続いて重い空気が部屋に充満している。
あれ?と思い顔を上げると女優さんの顔を見つめながら静止している彼がいた。
カメラが一旦止まる。今日この光景を何度目にしただろう。
「そこでキスしてNaoくんが服を脱がしていく。流れわかってる?」
監督の少し強めな言葉が飛んだ。今日は昨日と立場が代わり彼が女優を攻める場面。
少し押し気味のスケジュールが女優やスタッフの焦りと混ざって小さく苛立ちの溜め息があちこちから聞こえ始めた。
滅多にNGもなく監督の要望にも全て答えてきた彼だか一体どうしたって言うのか。誰もが思っただろう。もちろん僕も原因がわからず心配になる。
「すいません……もう一度この場面、最初からお願いします」
そう言って再度進み出した撮影。少しずつ調子が戻ってきたように思えたが気持ちは切り替えられても身体は正直なものだ。
挿入シーン前に彼のモノは反応せずまた一旦ストップ。いわゆる勃ち待ちの時間。こうゆう現場は珍しくないが彼の現場では初めててスタッフも多少困惑気味。
「仕方ないから疑似でいこう」
いわゆる挿入したふり。モザイクで隠される部分だけあって、なんとかそこは演技などで誤魔化せる。そして疑似の精液を用意するのも僕の仕事。複雑な気持ちで裏で決まった作り方で出来たものを渡した。
彼と一瞬目が合ったがすぐらされた。
そして大幅に時間はずれ込んだが何とか最後まで無事に撮影が終わった。
時計はテッペンを迎えようとしている。出演者はこれで帰宅だか、スタッフ全員でバラシ作業、終電過ぎるのは確実だ。
タクシーで帰るか、それともお金を考えると近くのネットカフェで始発を待つかだな。なんて考えていると監督と彼の話す声が聞こえた。
「監督すいませんでした」
「あぁ別にいいよ。けど専属の話きてても一本一本の仕事に手を抜いてるとすぐに干されちゃうよ」
「いえ別に、、そうゆうつもりはないです!」
もちろん監督も彼の事情を知っていて、それに気を取られていい加減な仕事をしてるとでも思っていのだろう。
だけど彼はそんな人間じゃない、今までの現場を見てればわかる。彼はプロ意識の塊なんだ!と監督に物申したい気持ちを抑えて耳だけ傾けた。
「でもNaoくんにはお世話になったからお礼を言うよ。まぁA'zone行っても頑張ってよ。その顔と若さがあれば大手でもやっていけるはずだなら!」
「……はい」
「それじゃ二日間お疲れ様!」
ポンと肩を叩いて立ち去る監督を目で追っている彼を見るのが何だか辛かった。
「岩咲、それ運んで!」
「あっ、、はい!!」
そのまま彼はすっと控え室に入って居なくなった。
全て片付け終わりスタジオを出た頃には深夜1時を過ぎていた。先輩達と"どうせ帰れないし始発までファミレスでも行く?お腹空かない?"なんて話が始まる。
「岩咲も明日休みだろ?行こうよ」
「あー…僕は……」
ずっと彼の事が気になっていた。監督にあんな風に言われて今日の撮影の事を根に持ってないといいけど。きっともう遠い自宅まで帰っているころだろう。
"昨日のカフェにきて"
スマホが鳴って画面を見ると彼からのメッセージが表示された。
昨日入ったカフェは道路を挟んだ目の前にある。もちろん閉店していて店内は真っ暗だ。人がいる様に見えないけど……もしかして待ってたのか?
早る気持ちを抑えきれず"すぐ行く"と一言返信をした。
「先輩すいません!僕帰ります!お疲れさまでした!」
「えっ!?帰るってどうやって?おいっ、、岩咲!」
先輩の言葉も聞かず走った。赤信号がやけに長く感じて早く変われとじっと睨む。青に変わって飛び出すとあっという間にカフェの前に着いた。
暗くて彼の姿が確認出来ずに顔を振って探す。
彼の番号を出して電話をかけると、2回呼び出し音を聞くと、2回肩を叩かれた。
振り向くとスマホを耳に当てた彼がいた。
「和磨、お疲れ様」
「Naoくん……何してんの?帰ったんじゃ」
「もう現場じゃないんだから、尚翔って呼んでよ」
「あー…うん、でも何で……待ってたの?」
「わかんないけど……一人でいたくなくて。ねぇ、、今夜一緒にいてくれる?」
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