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「ちょ、ちょっと何言ってんの?まさかコーラで酔ったとか?それともお弁当に変なものでも入ってたかな?」
あまりに直球に言われて気が動転した僕は無理やり話をすり替えた。
その言葉に真剣な表情の彼の顔も緩んだ。
「んっ、、そうかも……あーお腹いっぱい!あっ煙草吸っても大丈夫?」
「うん、、」
半分くらいおかずを残したお弁当に蓋をして、キーキーと唸る立て付けの悪い窓を力強く開けた。窓のサッシに腰掛けて煙草を取り出すと火をつけてフーっと煙を外に吐き出した。
「星、全然見えないね」
「えっ、星?そりゃまぁこんなビル街だしね」
2メートル程しか離れてない真隣の高いビルに完全に空の視界は遮られている。窓から顔を出して顔を上げ一生懸命に空を見ている彼を横目に、こっそりと立ち上がりベッド脇に移動した。
「だよね。残念」
「それじゃー…これはどう?」
パチンとベッド上の幾つかあるボタンの一つを押した和磨。その瞬間部屋は真っ暗くになり、ぼやーっと何かか出現した。
「えっ何これ!?プラネタリウムみたい」
古びた天井に映し出された星の数々はゆっくりと移動しながら青色に染まって時折キラリと光る小さな丸が無数に集まる。
まさに彼の言うプラネタリウムが出現した。
「さっきボタン見つけてさ。ほら、星見えたじゃん」
彼は"わぁ"と子どものように口を開けたまま喜びの反応を見せた。
僕はベッドに両手を広げて大の字でバタンと転がった。まるで満天の星を大草原の芝生の上に寝転んで見ているかの様に。
それを見た彼も僕の隣で同じ体制で寝転んだ。
「気持ちいいー」
「だね。まさか4千円のボロホテルでこんな経験出来るなんてね」
「本当。馬鹿にしてごめんなさい」
そう言って両手を合わせて謝る仕草をした僕を真似するように彼も手を合わせて"ごめんなさい"と小さく言うと僕を見て笑った。
その笑顔がこの星よりずっと綺麗で美しくて純粋で輝いて見えた。ずっと見ていたいのは空より彼なんだと改めて気付いたんだ。
「俺ね高校の時、天文部だったんだ」
「えっそうなの?なんかカッコいい!」
「夜に部員みんなで望遠鏡を担いで星を見に行くのが楽しかったな」
そういえば彼の過去を聞くのは初めてだった。頭の中で目の前の彼の姿に制服を着せる、学ランかブレザーかはどちらでもいい。とにかくとても似合っていて女子からモテモテで、きっと可愛い彼女もいただろう。妄想の中の彼と目の前の彼を重ね合わせながら話を聞いていた。
「でも高校途中で辞めたから」
「えっ、そうなの?何で?」
「親が離婚して、母親もそれを機に鬱病になって働けなくなってさ。学校行ってる場合じゃなくなったから自主退学した」
「そうだったんだ……」
「で、和磨は?」
「えっ?僕」
ゴロンと体制を変えて体をこちらに向け完全に僕の話聞くモードに切り替わった彼。
「そう。和磨の昔の話を聞かせてよ」
「あー、んーと、僕はね」
それからの記憶はない。きっと自分の何の変哲もない面白くもない24年間の話をベラベラと喋り、彼はそれを優しく頷きながら聞いていただろう。
目が覚めて横を見ると彼の姿はなくなっていて、僕は昨日の服のまま身体に布団がかけられていた。
ベッドを降りてトイレとお風呂のドアを開けて彼のが姿を探す。灰皿の中の煙草が昨日より数本増えていた。
朝まで彼がいたのは間違いない。
テーブルにある昨日のお弁当は空っぽになってきれいにまとめられていて、その横に大人っぽい字のメモ書きが残されていた。
"一緒にいてくれてありがとう。撮影に行ってきます"
今日も撮影だったのかと彼の身体を気遣いながらも何故か昨日の告白を急に思い出した。椅子に身体の全体重を預けるように力なく座った。
「あれ?これ……台本?」
ベッドの下に見慣れたような白い正方形が見えて手を伸ばした。まとめられた数枚の紙に今日の日付、スタジオ名、時間などが記されている。思った通り台本と香盤表だった。
"A'zone"の文字も見えすぐ彼の物とわかった。
パラリと一枚捲ると出演者の名前や設定が記されている。出演者の名前の1番上に彼の名前を見つけた。そしてあと二人の男の名前が続く。女性の名前はない。
「これ……ゲイビ」
ゲイビデオ、いわゆる男性同士の絡みがメインの映像。読み進めていくと2人の男に好かれた彼が攻められるといったストーリーだった。
彼はこのジャンルの作品には出た事ないはず。まさか彼が出演するなんて。
それに加えてA'zoneの文字にも心が更にモヤモヤを深くする。
そして何より昨日の彼の言葉を素直に受け入れられなかった不甲斐ない自分に嫌気がさす。
まさに僕の今までの24年間の人生を表していた。
それを変えたくてあの店を訪れたのに。何もかも中途半端に諦めていた自分を変えたかったのに。
オイルの力を借りても自分自身が変わらなきゃ意味がないんだ。
そしてホテルを飛び出した。
タイミングよくタクシーを見つけると捕まえてスタジオの名前に告げた。ここから急げは30分で着く。今からギリギリ撮影開始までに間に合う。
タクシー内で彼に何度か電話をかけるが呼び出し音がひたすら鳴り続けるだけ。撮影開始予定までは10分ある。
混んだ都内の道路で緩い渋滞にハマり焦りが募る。予定よりオーバーしてスタジオに到着した。タクシーを降りて、もう一度彼に電話をかけた。撮影開始時間は過ぎていて彼が出る可能性は低い。お願いだから出て!とただ祈りながら呼び出しを鳴らし続けた。
「っ…しもし?……和磨?」
「あっ!尚翔!」
「どうしたの?……何度もかけた?」
「俺さ今スタジオ前にいるんだけど出て来れる?」
「スタジオ前に?……何で?」
「あっその、、台本!ホテルに忘れてたから持ってきた」
「あー…もう撮影始まる所なんだけど……」
「わかってる!お願い!」
後ろでスタッフらしき人と彼が会話する声がボソボソと聞こえて僕は願う様に目を閉じた。
「……わかった。待ってて」
とりあえず開始時間が押しているようで撮影は始まってなくホッとした。
エレベーターが開いてコツコツと足音をさせて出てきた彼は不思議そうな顔で僕を見ている。
目の前の彼は僕の貸した安っぽい服ではなく、ブランドのシャツにパンツの衣装に着替えていて髪もセットされて尚翔ではなくNaoだった。
「あっ、はい。台本」
「うん。……ありがとう。でもわざわざいいのに、この為にこんな場所までこなくても」
台本なんて忘れてもまた現場で渡される。しかも彼は毎度セリフも撮影の流れも頭に入れて撮影現場に来るのも知っている。
目的はこれを届けに来たんじゃないんだ。
「あー、俺さ昨日いつ間にか寝てた?星を見て尚翔と話してる途中まで覚えてるんだけど……」
「うん。時間も遅くて疲れたんだろうね。話ながらそのまま気持ちよさそうに寝てたよ」
「そっか」
そこから二人共目も合わさず30秒間口も開かないでただ黙りだけど何か言いたげな空気だけ流れる。
「……じゃ、、中戻るね。これありがと」
台本を上げてバイバイと振って歩きだした彼の腕を咄嗟に強く掴んだ。
「待って!」
振り返った彼の表情を見ないで僕はただ掴んだ腕だけを見ていた。
「……和…磨」
「このまま一緒にどこか行こう!!」
張り上げた声に彼は驚いた顔で僕を見た。
「えっ!?……今?そんなの無理に……」
彼の返事も聞かずに気付いた時には彼の腕を掴んだまま無我夢中で走り出していた。バサっと台本が彼の手からずれ落ちて道路に散らばる。
周りの人達の目が何事かと走る二人を目で追ってあち。
「ねぇ、ちょ、っ、和磨待って!!」
この時の僕は何も考えてなかった。
このまま何処に行って何がしたいなんてそんなものはない。
"残された時間を後悔なく彼と過したい"とただそれだけを思い走っていた。
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