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腕を引っ張いたまま目と鼻の先にある駅に入ってひたすら改札に向かって歩いていく。
「和磨っ、腕痛いって!」
僕は何も聞かない振りをして目の前の改札に直進し続ける。真上の電光掲示板が点滅して電車が来る事を示している。
行く当て何も考えてないんてない。目の前に来た電車にただ乗るだけ。すると彼の足が止まってグッとと腕に力を入れた。
「待って!さっきから黙ってるけど、一体どうゆうつもり?自分が何してるかわかってる?」
「あぁわかってるよ!だけどどうしたらいいんだよ!このまま尚翔が他の男とセックスして、カメラに撮られて売られるのを黙って見てろって!?」
「はっ?ちょっと、そんな大声で辞めて」
「そんなの絶えられない。だから連れ出したんだよ!」
初めて彼に声を荒げてしまった。僕らは改札前に立ち止まりお互いを見つめ合って、瞳の奥の本当の気持ちを確かようとじっと動かない。
横を通り過ぎる多くの人達も薄らボンヤリとしか映らず、二人を避けるように左右に流れていく。
「お願いだから……今日だけは僕の言う事きいてよ」
彼は僕の掴んだ手をじっと見た。この手を振り払ったら僕らはもうきっと永遠にさよなら……
きっとお互いがそう同じ事を思っていただろう。
「あの、すいません!」
向こうから声が聞こえて視線を変えた。喧嘩をしていると思われたか駅員二人が駆けつけてきた。僕は咄嗟に掴んだ手を離した。
「何かありましたか?」
「あっ、いや何でもありません。電車乗ろうとしただけで……」
「それならいいんですが……あなたも大丈夫ですか?」
「えぇ。騒がしくしてすいません。ただ二人たで旅行に行く予定でテンション上がって、つい声が大きくなっただけです。あっ、電車来るんで行きますね」
ペコっと駅員に頭を下げて改札を抜けていく彼を追って僕もついていく。
ホームに上がると停車中の電車が発車の音楽を鳴らし初めていた。二人小走りでギリギリ乗り込む。入ってすぐの自動ドアがスッと空くと、ガラリと空いている車内。
どこに座ろうかとキョロキョロしていると一番近い席にドスンと彼が座った。
よく見てみると座席が全て前に同じ方向を向いていて座席が右と左に二席ずつ並び、ゆったりとした上品なシート。
これはいわゆる特急電車。県を跨またいで行くのは間違いない。
窓際に座った彼の隣に遠慮気味に腰掛けた。
やっと冷静になる時間が訪れる。撮影を土壇場土壇場どたんばで逃げ出したことになってる彼の携帯は震えっぱなし。
撮影スタッフの着信なのは間違いない。けれど電話には出ようとはせず、画面を下に向け鳴り止むのを待っている。
しばらくかける言葉が見当たらず黙っていた。
そして先に沈黙を破ったのは彼だった。
「あのさ、普通こうゆう時って車じゃない?」
「えっ!?」
「ほらドラマとかで好きな女の子を他の男から奪って車に乗せて立ち去るシーンとか。あんまり電車って聞いた事ないけど」
「あぁー…そうかな。何も考えずに行動しちゃったから……」
「それでこれはどこ向かってんの?」
「えー…っと、、どこかな?」
「えっ?知らないで乗ったわけ?呆れた。これから撮影の俺を拉致しといて何も計画ないとか、本当に何考えてんだか」
窓に肘ひじをついて外の景色を見ながら"はぁ"と溜め息を連発する彼。怒るのも無理はない。自分でも何故こんな行動を起こしたか理解出来なかった。
A'zoneの仕事だったのは特に致命的で、これで彼はきっと専属契約の話も白紙になるだろう。
彼の未来を変えてしまう……そう思うと少し怖くなった。
「この電車……北の方角行ってる」
通り過ぎる景色を目で追いながらボソッと窓の方を見ながら微かに聞こえた声。
「えっ?何?」
「北の方に向かってるってことはもしかして。あぁ!お腹空いたし温泉入りたい」
「な、尚翔!?」
「鞄も財布も全部おいてきちゃったし。責任取ってくれるよね?」
肘をついたまま目だけこちらに向けてニコッと笑った。それは今日一日中一緒にいて面倒見てくれって事と捉えていいんだよね。
「もっ、もちろん!」
彼は予想に反してむしろ楽しんでいるようだ。連れ出した僕の方が悩んでるってどうゆう事だって思うけど、とにかく急遽彼との小旅行が始まったらしい。
「それと今、無賃乗車だよ」
「えっ!?何で?」
「何でって普通の料金で乗れるわけないじゃん。先に特急券買わないとダメなんだから」
彼のその言葉でやっと肩の力が抜けた僕を再び落ち着き無く動かす。それを見て"ハハハハッ"と声を上げて笑った。
「ちょっと!笑い声じゃないから!」
「本当に和磨は無茶苦茶で面白い人だな。それにずっと癒されてたんだよ」
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