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「あれ?空いてる……?」
『おいっ爽!遅刻だぞ』
開店一時間前。制服に着替えバッチリ髪を結えた紘巳が調香ルームから出てきて低い声で言った。
「いや遅刻じゃないっすよ!むしろ紘巳さん早いっすね。もう着替えまで終わってどうしたんっすか?」
『あぁ、爽が言ってたハロウィンボトルのレシピが完成したから早く来て試してたんだ』
「えっ!?アレ本気で考えてくれてたんっすか?」
嬉しそうに目を輝かせながら紘巳に近寄る。何となく言ってみた提案を本気で考えてくれるなんて今までなかった事で、爽は嬉しかった。
「あっ、爽おはよう!何?遅刻して紘巳にどやされてんの?」
「もう〜典登さんまで!遅刻してないっすから!」
『どうだった?ゲスト』
「あっ!そっか!もうすぐ7日経ちますよね?ゲストってどうなってんっすか?」
GPSでゲストの居場所を確認していた典登が含み笑いを浮かべて出てきた。
「どこにいたと思う?」
紘巳と爽は顔を見合わせて"?"の顔をした。
「県外の温泉地だよ。しかも行きたい温泉ランキング常連のトコ」
『へぇ。それは相当進んだな』
「温泉だと進んだ事になるんっすか?」
『まぁ今はそうでもないが、数年前までは男二人で泊まり温泉なんてゲイカップルって見られて当然だったからな』
「しかも温泉なんて裸の付き合いだし、それがお互い好き同士で泊まりってなったらやる事は一つでしょ」
顔を斜めにして想像した爽はハッと口をあんぐり開けて手で隠した。その反応を面白おかしく笑う二人。
「でもいいな。温泉なんてもう何年も行ってないし羨ましいよ」
『じゃ今度一緒に行くか。泊まりの旅行なんてしばらくしてないしな』
紘巳はそう言って典登の腰を持ってグイッと身体に近づけた。見つめ合う満更でもない二人の雰囲気に焦り出す爽。
「ちょ、ちょっと!二人が居なかったら店はどうすんっすか?」
『その時は店は爽に任せたぞ」
「死んでもイヤっす!ってか店でイチャイチャするの禁止っす!」
開店前のDesperadoにはハロウィンの装飾が所々に飾られオレンジで華やかだった。そして店外看板にチョークで書き足した。
"ハロウィン限定ボトル来週発売"
◆◇◆◇◆
特急列車の中で口もぐもぐさせながら時計を見た。朝ご飯をゆっくり食べる余裕もなくバタバタと旅館を後にして、朝早い列車に飛び乗るように乗り込んだ。飲み物と軽食が入ったコンビニのビニール袋が前の座席のポケットから飛び出している。
「あと15分で着くね」
「えっ、もうそんなにすぐ?」
「ごめんね朝早くて。撮影じゃないのに今日出勤時間早くて」
「ううん。俺も昨日、衣装でバックれたままで荷物も何もかも置いてきたし、とりあえず謝りに行かなきゃだからさ」
「尚翔……A'zone断るよね……?」
「断るも何もバックれた奴なんか受け入れないでしょ。逆に違約金とか取られるかも」
おにぎりの海苔をパリパリ言わせて軽い口調で言う彼だけど、よく考えれば僕の犯した罪は重大だ。
「何でだろう?」
「えっ、何が?」
「いやさ。行きと同じ距離で同じ時間なのに帰りの方が早く感じるのは何でかなって」
「あぁ、子どもの頃からそうだよね。遠足とか家族旅行とかもそうだった」
「……楽しかったな。和磨との旅行」
何だかこれが最後の旅みたいに言うからしんみりしてしまった。
「また行けばいいじゃん」
僕は彼の口についたごはん粒を取って言った。恋人同士になれなくても彼の面倒をずっとみていたい、それだけでいいんだ。
彼は嬉しそうに頷いて僕の肩に頭を乗せた。夢と現実の狭間にいた僕達の小さな旅は終わった。
それから駅で彼と別れて僕は会社へ。いつもの喧騒に溢れた街に舞い戻っては山のような仕事を前にして下っ端ADの作業に戻る。
「あれ〜岩咲なんかいい事あった?」
後ろのデスクから椅子を滑らせて顔を覗きこんできた先輩。感が鋭い先輩には誤魔化せないくらい表情に出ていたようだ。
「あー、実はちょっと温泉に。あっ、先輩にお土産買って来たんで、これどうぞ」
「本当に?ありがと。でも温泉なんて誰とだよ?あっ、もしかして女の子とか!?」
「いや間違いますよ。普通に男友達です」
「えー、あやしい」
疑いの顔を向けられたがさすがに仲の良い先輩でもこればかりは言えない。そんな事してると編集ルームから出てきた嫌いな上司。
今日はいつもに増して機嫌が悪そうに見えてパソコンのモニターに隠れるように身を屈めた。
嫌みは言われ慣れてるが、今のこの幸せな気持ちを壊したくない。上司は電話をしながら何やら忙しくウロウロと行ったり来たりしている。
「何か今日もバタバタしてるな。あっそうだ岩咲、昨日休みだったから知らないよな。Naoくんの事」
「あっ、、えっ!?Naoくん……ですか?」
突然彼の名前が出て驚いた顔で先輩を見た。周りを見渡すとコソコソ話をする様に肩を手を置いて小声で話始めた。
「んー、なんかよく知らないけど撮影始まる直前で荷物も全部置いたまま消えたらしい。連絡もまだついてないって言ってたけど。その時いたスタッフによると、誰かと電話して呼びだされて出て行ったらしいけど」
AV業界は狭い世界。その中でも人気男優の彼の噂ならすぐに耳に入る……にしても一日でうちの会社にまで話が入ってるなんて。
しかもその原因を作った張本人が僕だとしたら。
「岩咲、、?聞いてる?」
「……あっはい。な、何か事情でもあったんじゃないですかね、、きっともう戻ってますよ!彼は真面目で責任感ある人だから大丈夫ですよ」
「まぁそうだけどさ」
先輩に言ったと同時に自分にもいい聞かせて、再びキーボードをカタカタを揺らした。
彼はシンデレラのように魔法が解け尚翔からNaoに戻る時間なんだ。これから僕は和磨からADスタッフの一人として彼に会うんだ。
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