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看護師の子が不思議な顔して言った。それを聞いたきっと僕も同じ様な顔しているだろう。パーティーを抜け出して彼に会いに行った僕にさぞかし腹を立てているであろう兄がなぜそんな事を。
「ちょっと、ごめん」
院長室に戻ってすぐさま兄に電話を掛ける。呼び出しコールが3回、4回、、と鳴る度に緊張も増していく。あんな事があった後で何を言われるか大体想像はつくからだ。
「、、あっ!もしもし兄貴?」
「廉?お前から連絡なんて珍しいから間違いじゃないかって名前何度も見たな、本物か?」
「……兄貴、、昨日はー…」
「俺も廉に言いたい事がある」
そりゃ言いたい事は山積みだろう。とりあえず院長は降ろされる、下手すれば両親から勘当されて西名の名前も名乗れないかもしれないな。
そんな事を頭によぎらせながら返事をした。
「、、何?」
「廉はカルテの書き方がよくないな。前にも注意した事あるが全然直ってない。わかりにくいから訂正しておいた、後から確認しとけ」
「はっ?、、カルテ……?わかった…」
「それから昨日の患者の下顎骨下縁切除術だがー…」
兄貴はあの事には触れずにひたすら仕事の話を
続け、叱るでも呆れるでもなく淡々といつものペースだ。もちろん罪悪感がない訳はない。思い切って自分から兄に話を切り出した。
「いやっ待って、、そんな事じゃなくて!何で兄貴……来てくれたん、、だよ」
「ようやく今、兄弟に気がした」
「どうゆう事?」
「俺達はずっと子どもの頃から祖父や親父の顔色を見ておもちゃの取り合いだってした事ない。俺たちはいいも悪くも不自由なく何も自分で決断しないで流れる様に生きてきただろう」
"金持ちでいいよな""俺達とは住んでる世界が違う"と同級生に言われ続けた学生時代。それは兄も同じできっと違う目で見られていた苦悩は同じなのにその気持ちを分かち合う事もなかった。
「何でもそつなくこなすお前は俺に頼る事もなければ相談もしない。喧嘩しないってのはそれだく相手対する興味や感情が薄いって事だよ。いわば血が繋がった他人みたいなもんだ」
「……別にそんな風には、、」
「俺はもっと弟って存在感じたかったのかもな。だからあのトイレで初めて反発して自分の意思を押し切って出て行ったお前を見て、やっと感情を見せてくれた。だから何でか、助けてやらなきゃって思ってな」
兄からこんな言葉を聞くなんて思ってもみなかった。考えてみれば子どもの頃から競う事もしなければ逆に助け合う喜び合う事をしない兄弟だった。むしろ兄はそうゆう関係を望んでいたと思ってたんだ。
「ふっ、何か変な話だよな。迷惑かけた弟の尻拭いしたいなんて。俺もどうかしてんな」
「、、助かったよ。ありがとう……兄貴」
「パーティーのその後は上手く誤魔化しておいたから親父は問題ない。まぁせいぜい若い男に振られないように頑張れよ」
そう言って電話を切った。何だかむず痒い気持ちと安心感の両方が体をまとった。デスクの椅子にすわりパソコンをつけてカルテを開いて施術記録を見る。
「ほんとだ、、わかりやすい」
兄貴はただ病院の名前と売り上だけ考えてるんじゃない。祖父が築いたこの病院と家族を守りたいと思っている。訂正されたカルテは丁寧さに加えて患者との些細な会話記録が書かれていた。
この歳になってやっと僕らは兄弟になれた。
それが病院を経営していく上一番大切な事だったと今になって気づくなんて、意外にも幼い兄弟だったんだなと何だか可笑しくてふっと笑ってしまった。
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