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雑誌の効果も薄れる事なく、相変わらず開店時間から女子達が店内に流れ込んでいた。
あれからテレビの取材依頼なんかもあったがすべて断った。
何の気無しに受けた取材の効果がこんなに長く続くとは驚きだ。ひとまずこのお祭り騒ぎが一旦落ち着くまでは静かにしておこうと。
それだけじゃない。26番ルームの存在。
再開すると言う事は容易な事ではない。お店の盛況は嬉しいが、忙しさに感けてどちらも疎かになってしまっては本末転倒だ。
26番ルーム――
今度は絶対に失敗しないと誓った。
「それでしたらこのオレンジスイートがいいですよ。」
賑わう店内で爽に声をかけたのは、日曜日にも関わらずスーツ姿で来店した女性。休日出勤だろうか。
丁寧にヒアリングをしてオイルの提案もスムーズにこなし爽も一回り成長したように見える。
「じゃぁ、それでお願い出来ますか?」
「かしこまりした。少々お待ちください」
爽はこの店で働き始めてもうすぐ半年経つ。
店内に並んだ何百もあるオイルの種類や効能は記憶し、自ら使用して効果も試した。
仕事もそれなりに板についてきたとはいえ、客の注文を一人で調香し販売する許可はまだ貰えていない。
アロマオイルは使い方を誤ってしまうと逆効果に与えてしまう事もあり、それだけ慎重に扱う必要がある。責任感と知識が無い者にはやらせないと始めから紘巳に釘を刺されていた。
「あの、お客様の調香お願いします」
透明のガラス板に3つの瓶を乗せて来た爽が言う。
いつもの手順通りだ。客の注文を聞いてオイルを選び二人に調香を委ねる。調香後にお客様に香りを確かめてもらったのち購入して頂く。
いつもならそれをすぐ受け取る二人が何故か動かず顔を見合わせている。
「あのー……これを」
『この3つを選んだ理由は?』
紘巳から不意打ちの質問が飛んできた。
「えっと……お客様がお仕事で長い時間パソコンを使用して目が疲れて頭が痛くなるからと」
『ん、それで?』
「職場やオフィスのような大勢の人がいる場合は香りは控えめな方がいいし、外出先だと瓶をそのままより持ち運び易く使い易いスプレータイプがいいと思いました」
『レシピは?』
「オレンジスィート6滴、スペアミント2滴、クラリセージ2滴、水25㎖です」
目にグッと力を入れてスラスラと言葉に詰まる事なく完璧に解答した。
「よし。それじゃあとは自分で出来るな?」
「えっ!いいんっすか?俺がしても!?」
それは調香師として認めてくれた証。初めて許可がおりて一人でお金を貰って客へのオイルを作る。
『早くいけ。お客様を待たすな』
「はい!」
財布だけを持った昼時のスーツの客なら昼休みのタイミングだろうと時間が限られている事を察して急げと言った紘巳。
『典登の言った通りだったな』
「でしょ。最近さ毎日朝早くお店に来て調香の練習してたし、休みの日も専門店回って勉強してたみたい」
「これでダメなら使用したオイル分の金を給料から差っ引いてやろうと思ったのにな」
一人で調香した香りが入ったスプレー瓶を手をして戻ってきた爽。シュッと試香紙に吹きかけると"どうぞ"と客に渡す。
「すごくいい香り!気に入りました。これ下さい!!」
包装したスプレー瓶を紙袋に入れて"ありがとございます"と客に手渡すと、女性は抱きかかえるようにして笑顔でお店を出て行った。
「紘巳さん、典登さんありがとうございます」
「おめでとう!これで見習い卒業だね」
典登の言葉に照れ笑いしながら頷いた。
『まぁ半年経ってんだから出来て当たり前だけどな。仕方ないから、給料あげてやるよ』
そう言って客の方に行ってしまった紘巳を"ふふっ"と笑った典登。
「あんないい方してるけど、爽の事ずっと気にかけてたから成長が嬉しいみたい」
「俺、尊敬する二人みたいに早くなりたいんっすよ。だからもっと色々教えて下さい」
ポンポンと爽の頭を撫でて顔を近づけた。
「大丈夫!これからますます忙しくなるし、色んな経験して否が応でも成長するから覚悟してね」
その言葉通りその日は突然やってきた。
夕方になると入り口のガラス扉に大粒の雨が激しく打ち付け始める。
「あっ外……雨降って来た」
店内のBGMもかき消す程の雨音に気付いて典登が
ガラス越しに外を覗いた。
『本当だ、土砂降りだな。夕立か?』
「ちょっと外の看板入れてくる」
「頼む」
「うわっ、スゴいな」
外に出て強い雨と急に下がった気温に顔を歪める。
するとパッと道路を挟んだ向いの建物から、この雨にも動じずこちらを見ている男に気付いた。目が合うとキャップのツバに手を添え俯いて物陰に隠れた。
何だろうと思いながらも、気のせいかとブラックボードの看板を抱え小走りで店内に戻った。
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