背中

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「(お願い…!誰か助けを呼んで…!!)」  1歩離れて立ちすくむ娘に小さな声で訴えたが、顔面蒼白の彼女はこちらを向いたまま一歩も動けなかった。  いや、厳密に言えばジリジリと後ろに下がっていっているのだが…。  無理も無い。娘は5歳なのだ。  母親の背後を掴む彼への恐怖と、その母親を置いて行く事への不安に押しつぶされそうなのだ。  だけど、私も立ったまま一歩も動けない。  恐怖のあまり、全身が震える。  指先が冷たい。  きっと酷い顔色をしているのだろう。  動けない…。  汗なのか、冷や汗なのか…私の肌をつたい、ポタッ、ポタッと地面に落ちる。  私を掴む彼も、黙ったまま動かない。  誰か…誰か助けて!  2時間前、この幼稚園へ娘を迎えに来た。  毎度のことながら娘は最後の1人になるまで幼稚園の園庭で遊ぶ。  仲の良いママ友親子も帰り、娘が遊び疲れるまで暇になる。  園児向けの低い鉄棒にもたれ、ポケットからスマホを出す。  ちょっと確認するだけのスマホいじりが、いつもつい集中してしまう。  あ、昨日ネット注文したシーツ、もう発送されてる。  ーーードン!  背中に衝撃と鷲掴みされた感覚。  その瞬間、全身の血の気が引いた。  「(あ、あ、あ…)」  近くに寄ってきた娘に涙目で訴えたが、無理のようだ。  しばらく、誰も動けないままだった。  ふと、背中に、耐え難い感覚が襲ってきた。  彼が、動き出したのだ。 「(やめて…お願い…)」  ジ…  ジィジジジジジジジジジジジジーーーーッ! 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」 「きゃあぁぁぁ!」  私は電柱でも壁でも無ーーーーーい!!  私の叫び声で、彼こと『蝉』は驚いたのか、飛び去って行った。  代わりに私と娘の叫び声で、職員室から先生方が飛び出してきてくれた…。
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