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「……大量虐殺とか世界征服は」
「勇者はそんなことはするまい」
「……じゃあ、何するんです?」
「それが困った。よく言うだろう、勇者は魔王が死ねば無職だと。それを地で行っている。勇者らしいことって何だろうと、ここまでくる間もずっと考えていたんだが」
「……つまり、浮浪……いえその、自由的無束縛状態であると」
「そんな熟語は初めて聞いたが、まあそうだお気遣いどうも。そこで、勇者がやりそうなことで自分にできることをコツコツやっていこうとは思っている」
「……はあ。いいと思いますが。ところで、最初から気になってたんですけど、そのロープで引いてる棺桶みたいな木の箱はなんなんですか?」
「うむ。これはまさに棺桶だ。十日前に死んだワールウィンドの遺体が入っている」
それを聞くと、娘が急に気色ばんだ。
「なっ……!? こ、これお父さんですか!?」
「マルノヴァル大草原は、広い上に迷うからなあ。道知ってる私でさえ、最寄りの町まで一週間かかったぞ。魔法で飛ぼうかとも思ったんだが、ワープ魔法は仲間じゃないと連れていけないから、ワールウィンドの遺体を置き去りにしないためには徒歩しかなかった」
「そんな思いまでして、どうしてお父さんの亡骸を……?」
「私は魔王なので、神聖魔法が使えない。この公国の大僧正なら、使えるだろう? 復活の魔法が」
「な……!!」
「大変だったんだぞ。遺体だから腐ってくさいくさい言われるし、宿屋で沐浴させることもできないし。大僧正クラスの魔法なら骨からでも生き返らせられるから、早く連れて行こう」
「で、でも、お父さんは勇者とはいっても十把ひとからげレベルの、風来坊同然ですよ?」
「君、なかなか身内に容赦がないな」
「一年も一人で放置されれば冷たくもなります。とにかく、そんなお父さんに、大僧正様がわざわざ、復活魔法なんて究極の秘儀を使ってくださるとはとても……」
「おしなべてナマグサらしいからなあ、正教の僧正クラスって。地上から仕入れたどの本にもそう書いてあった」
「人望ゼロじゃないですか……。でも、お金か大きな手柄でもないと、私やお父さんの身分じゃ教会の門の中にさえ入れてもらえないと思います」
私は、はて、と首をひねり、自分を指さした。
「お前の父は、四千年間人間から恐れられ続けた、深淵の魔王をこの世から消し去ったのだぞ。他に比類なき立派な勇者ではないか。これを超える手柄は他にあるまい」
娘の視線が、私と棺桶を行ったりきたりする。
こみあげてくる感情に、怯えているようにさえ見えた。
「まあ、もし大僧正が四の五の言って渋ったら、私が城の一つも爆砕してやれば請願を聞いてくれるだろう」
「それは請願じゃなくて脅迫って言います……」
そう突っ込んできた娘の目に、一度引いたはずの涙があふれだす。
「一応、はっきり言っておこう。君のお父さんは、ちゃんと私のダンジョンのあるマルノヴァル大草原までやってきた。しかも伝説の武器防具を装備していた。十把からげどころか、きっちり準備して魔王を倒すつもりでいた、立派な勇者だ。そして最後に気にかけていたのは、君のことだった」
娘が両手を口に当てて、小さく呟く。
「お父さん、生き返る……?」
「そうだ。君の父親は生き返る。私も言ってやりたいことはたくさんあるが、まずは君の気の済むまで文句を言ってやれ」
彼女は叫び出した。
「うわあああああん!! お父さあああああん!!」
「君も生きる気になったか」
娘はこくこくとうなずく。
私は嘆息しながら、寝室と居間の間の梁にかかっていた、一方の端が輪になったロープを取り外した。
最初に家のドアをノックしてなかなか娘が出てこなかったときに、嫌な予感がしたのだが、危ういところで間に合ったようで何よりだった。
ワールウィンドよ、お前は勇者としては評価できても、父親としては悪手を重ねていたのだということは元魔王でも分かるぞ。
まったく、勇者というのは、思っていたよりも骨が折れる。
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