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大僧正のいるハイ・テンプルまで、私と娘は並んで歩いた。
棺桶は私が引いている。
「うううう。お父さんの棺桶、くさいです」
「そう言うな。くさいというのは、なかなかこたえるのだぞ。私はこの棺桶を引いている間中、周りからくさいと言われるたびに、自分が言われたように傷つきまくったからな」
「うううう、確かに。じゃあ我慢します……。でも私、あなたに、どうお礼をしたらいいのでしょうか」
「礼なぞいらん。勇者は対価のために行動はすまい」
自分の食べるものもない君がくれた一杯のスープで、充分釣りがくる。
――とは少々気恥ずかしくて言えなかった。
君や君の父親が、救いようのない唾棄すべき輩であれば、私はそもそも勇者など気まぐれにやめてしまってもよかったのだ。
「でも、こちらの気が咎めますよ」
「そういうものか。ときに、君はいくつだ?」
「十二歳です」
「私も、人間の世界のことはろくに知らない、子供のようなものだ。どうだろう、人間界のことを君が私に教えてくれ。それを対価としよう」
「……そんなことでいいんですか? でも私に、うまく教えられるかな……」
「君の剣術は、父親に習ったのか?」
娘がうなずく。
「それと同じように教えてくれればいい。特に、勇者というのはどう振るまうべきかを教えてくれると助かる。よろしく頼む、先生。ぺこり」
「せ、先生はやめてくださいっ!? そ、それに往来でそんなに深々とお辞儀しないでくださいっ!」
「む。まず最初の薫陶だな。その調子でどんどんくれ、先生。ことり」
「なんで道端にひざまずいてるんですかっ!? やめてくださいってばあああ!」
そして私は、勇者としての道を一歩ずつ歩み出していったのだった。
■■■
こうして、元魔王と、勇者の娘が出会ってから、五年ほど後。
かの大陸は、未曽有の脅威にさらされていた。
異空間からやってきたという「混沌の大魔王」が、その圧倒的な力をもって侵略戦争をしかけてきたのである。
瞬く間に大陸の東部地域は、大魔王軍に占領されてしまった。
これに、風変わりな勇者パーティーが立ち向かった。
パーティーと言っても二人組で、痩せた青年と、まだ十代と思しき少女である。
青年は自らを勇者と呼ぶ――なので周囲も彼らを勇者パーティーと呼ばざるを得ない――強大な魔術師だった。
少女は勇ましく双剣を駆る、ドルドロイ公国でも名うての剣士である。
剣は父から習ったらしいが、既にその技は父をはるかに超えていた。
それでも、どう見ても青年の方が戦闘者としてのレベルは圧倒的に上なのだが、彼は終始少女を敬っており、彼女を「先生」と呼んでいた。
少女はそれに恐縮しながらも、どうも常識はずれな行動をしがちな青年を、なにくれと世話を焼いて指導し、まるで本当に教師と教え子のようである。
余談だが、少女の父親はかつて青年の部下になることを誓ったそうで、青年に頭が上がらないらしい。
この三人の人間関係は一体どうなっているのか、ドルドロイ公国でも不思議がられていた。
「フ。大魔王とやら、我らの大陸に攻め込んできたことを胃の腑の底から後悔するがいい!! 手始めに、奴らの根城の東部地域を丸ごと爆砕してご覧に入れましょう、先生!」
「だから、なんで最初期戦術が超大規模爆砕なんですかっ! 勇者が大陸の地形を変えるなあああっ!」
そんな彼らの冒険譚は、また別のお話。
終
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