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大陸の北方、ある風の強い日の草原でのことだ。
私の目の前で、伝説の武器防具を装備した、勇者ワールウィンドがこと切れた。
彼は最期に、私に「勇者になってくれ」と言った。
「おれはもう助かるまい。できることなら、どうか『勇者』を引き継いでくれ」
行きずりとはいえ、何といっても勇者の頼みだ。
その希望を叶えよう。
今日から私は勇者だ。
問題は、勇者は何をすればいいのかが分からないことだ。
基本的には、魔王を倒したりすると思う(たぶん)。
しかしこの世には魔王などいない。
さて、どうしたものか。
■
私の体は小さく、歩くのは遅く、マルノヴァル大草原を抜けるのに一週間もかかってしまった。
一番近くにあったセブンスの町に入ると、みんなが私を見て顔をしかめた。
「なんだ、ヒョロい兄ちゃんだな。お前どこから来やがった。くさいな」
「本当だ、くさい。痩せぎすのくせに、出稼ぎか? ここにはお前みたいなのができる仕事なんてないぞ」
見た目で揶揄されるのは覚悟していたのだが、「くさい」と言われるのは予想しておらず、心が深く傷ついた。
私は人のことをくさいと言うことは、生涯ないように気をつけよう。
まず宿屋に入って沐浴した方がいいだろうか。いや、入れてくれないか。
その日は野宿で夜をしのぎ、目的地へ急いだ。
その間口に入れたものは、道端で干からびていたウイキョウ、宿屋の裏口から失敬したウサギの干し肉のかけら、名も知らない草についた朝露くらいのものだった。
そして三日後、勇者でありながら腹を空かしきった私は、ドルドロイ公国に到着したのだった。
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