消えた彼

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「蒼から、聞いた事ない? 兄弟が居るって?」 蒼、と確かにこの人は言った。 でも、その感じだと、この人は蒼君ではないの? 「そういえば…。 蒼君が児童養護施設に入ってすぐに、同じように施設に居たお兄さんは、養子に貰われていったと」 昔、蒼君がそう話してくれた事がある。 でも、それ以上の事を蒼君は教えてくれなかった。 それ以上は訊いて欲しくなさそうだったので、私もそれを追求しなかった。 「俺と蒼は、双子の兄弟なんだ」 「双子…」 兄としか蒼君から聞いてなかったけど。 双子の兄、なんだ。 一卵性双生児。 本当に、この人は蒼君と瓜二つ。 「俺は、子供の居なかった上杉製菓の社長の養子になって。 今、上杉朱として生きている。 蒼とは、あの施設ですぐに離れてそれっきりで。 それが、俺達が7歳の頃」 蒼君は、7歳からあの施設に居た。 それも、蒼君本人から聞いた事があった。 「あの、蒼君は、今はどうしているのでしょうか?」 「さあ。俺は知らない」 そう言って、俯いて自分の靴の爪先当たりを見ていて。 そうやって、双子は癖迄似るものなのか?と思う。 蒼君も、嘘を付く時に、そうやって自分の靴の爪先に視線を向けていた。 「上杉さん? あなたが、蒼君じゃないのは分かりました。 私、ずっと蒼君が好きで。 居なくなった後も。きっと、今もそうなのだと思います」 「え、そう…」 少し戸惑いながらも、この人は私に目線を向ける。 「今だけ、あなたを蒼君だと思ったらダメですか?」 私もシートベルトを外すと、この人の頬に両手を当てて、自分の顔を近付けて、そっと触れるようなキスをした。
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