消えた彼

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「一枝(ひとえ)さん」 佐伯店長のその言葉を聞きながら、 ああ、この人が一枝さんか、と思う。 一枝さんは、このお店のオーナーで、 永倉二葉さんの実のお兄さん。 入店してまだ3ヶ月の私は、このお店のオーナーの一枝さんを、今、初めて見た。 一枝さんは、永倉さんのように背が高いけど、 顔は兄弟なのに似てないな、と、 一枝さんと永倉さんを見比べて思う。 「お前迄、なんだ?」 「ふうちゃん。お兄さんに向かってお前とか言わないの」 一枝さんは、永倉さんにそう笑い掛けているが、永倉さんは不機嫌そうに舌打ちしている。 「さっきね。俺も同じテーブルに居たんだけど」 一枝さんにそう言われ、そう言えば蒼君の横に男の人が座っていたけど、 この人だったのか、と思い当たる。 「そういや、お前、今日誰かとうちの店来るとか言ってたな」 二度目の、永倉さんのそのお前には、一枝さんは特に反応はせず、 そう、と頷いている。 「紫織ちゃんだっけ? 君がさっき蒼君と呼んでいた彼ね。 本当に、人違いだと思うよ?」 「え?そんなわけないです!」 「彼の名前は、上杉朱(うえすぎしゅう)君って言って。 上杉製菓って会社の御曹司で、現在、その会社で専務をしてて」 上杉朱…、誰?それは? そして、上杉製菓の御曹司? 「まあ、朱君と俺は知り合って一年程だから、それより昔の事は知らないけど。 例えば、紫織ちゃんに、蒼と偽名名乗って、昔近付いたとか。 でも、彼、そうやって女を騙すようなタイプじゃなさそうだけど」 「違うんです! 蒼君は本当に蒼君で! 偽名なんかじゃなくて! 上杉朱なんかじゃない!! 私と蒼君とは、昔同じ養護施設で三年間暮らしていて」 一枝さんは、その上杉朱が私に蒼と偽名を使い、私を弄んだとかそんな感じの例えの話をしているのだろうけど。 そうじゃなくて!
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