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「…私も少しでも蘭織みたいになれたらなぁ」
「……んー」
バッグに気を取られていた私にかかる後ろ向きな言葉。口元に手を当てて考える。
「…私は彩芽の方がすごいと思う」
「え?」
私は素直に、彩芽のことを尊敬している。
「彩芽は落ち着いてて私とは全然違うから羨ましいなって思うよ?」
あれこれ考えられない私にとって、冷静に周りを見てからいろいろ思考する彩芽の方がすごいと思う。
勉強だって私より遥かにできる。彩芽と同じ高校に行きたくて、必死に頑張ったくらいには学力に開きがあるのだから。
私はやかましくて子供っぽい。でも彩芽は落ち着いていて少し大人びた雰囲気がある。正直羨ましいなと思うことがある。
私なんてしょっちゅう行き当たりばったり。彩芽はそういうことがないし、むしろよく彼女には助けられている。
それこそ…初めて会ったあの時だって…
「蘭織?」
「…ううん、なんでもない。思い返したらキリがないほど彩芽に助けられてきたなーって」
「…そう?」
「うん」
彩芽のミルクティーについた雫が揺れ落ちる。同時に彼女の頬が嬉しそうに少し赤らんだ。
彩芽はたまにネガティブになるけれど、それは物事をよく考えるから。私の言葉で気落ちした気分が晴れてくれるのは嬉しい。それほどまでに、彼女と絆を紡げたことは私の人生の誇りだ。
どっちが優でどっちが劣とか、私たちの間では野暮だと個人的に思う。
だって…私は…
「…あ」
思いを馳せながら歩く中、騒がしく煌々とした建物が視界の左手に映った。私は思わず足を止めてしまう。
16時の陽の光を押し返すように輝く電光。「カラオケ」の大きな看板の文字。
「……」
自分の好きな歌を歌える場所。メジャーもマイナーも、上手いも下手もそこにはない。ただ各々が各々の想いのままに、歌声を響かせられる。
「ねぇ、彩芽!やっぱさ…」
気がつけば私は先を歩く彩芽の背中に声をかけていた。
ねぇ、彩芽。私は…彩芽の歌が…
「…ん?蘭織、どうしたの?」
彩芽が微笑む。屈託のないいつも通りの表情。いつも隣で見続けてきた優しい笑み。
「……」
出かけた言葉を呑み込む。
離れてしまった数歩分の距離。歩み始めればすぐにでも埋まる、たった数メートル。
……私はいつだって、彩芽の隣にいたいから。
「…今度彩芽にメイクさせてよ!肌綺麗だし、メイクのりいいと思うんだ!」
「あ…ふふっ、蘭織がしてくれるなら喜んで」
私は歩みを再開し、そう言って彩芽の隣に立ちながら笑いかけた。メイクの話や最近の流行りを語りながら歩いていく。
少し冷えた夕刻の春風が、私の髪を撫でていった。
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