1曲目 "もう1人の私"の唄

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「…私も少しでも蘭織みたいになれたらなぁ」 「……んー」  バッグに気を取られていた私にかかる後ろ向きな言葉。口元に手を当てて考える。 「…私は彩芽の方がすごいと思う」 「え?」  私は素直に、彩芽のことを尊敬している。 「彩芽は落ち着いてて私とは全然違うから羨ましいなって思うよ?」  あれこれ考えられない私にとって、冷静に周りを見てからいろいろ思考する彩芽の方がすごいと思う。  勉強だって私より遥かにできる。彩芽と同じ高校に行きたくて、必死に頑張ったくらいには学力に開きがあるのだから。  私はやかましくて子供っぽい。でも彩芽は落ち着いていて少し大人びた雰囲気がある。正直羨ましいなと思うことがある。  私なんてしょっちゅう行き当たりばったり。彩芽はそういうことがないし、むしろよく彼女には助けられている。  それこそ…初めて会ったあの時だって… 「蘭織?」 「…ううん、なんでもない。思い返したらキリがないほど彩芽に助けられてきたなーって」 「…そう?」 「うん」  彩芽のミルクティーについた雫が揺れ落ちる。同時に彼女の頬が嬉しそうに少し赤らんだ。  彩芽はたまにネガティブになるけれど、それは物事をよく考えるから。私の言葉で気落ちした気分が晴れてくれるのは嬉しい。それほどまでに、彼女と絆を紡げたことは私の人生の誇りだ。  どっちが優でどっちが劣とか、私たちの間では野暮だと個人的に思う。  だって…私は… 「…あ」  思いを馳せながら歩く中、騒がしく煌々とした建物が視界の左手に映った。私は思わず足を止めてしまう。  16時の陽の光を押し返すように輝く電光。「カラオケ」の大きな看板の文字。 「……」  自分の好きな歌を歌える場所。メジャーもマイナーも、上手いも下手もそこにはない。ただ各々が各々の想いのままに、歌声を響かせられる。 「ねぇ、彩芽!やっぱさ…」  気がつけば私は先を歩く彩芽の背中に声をかけていた。  ねぇ、彩芽。私は…彩芽の歌が… 「…ん?蘭織、どうしたの?」  彩芽が微笑む。屈託のないいつも通りの表情。いつも隣で見続けてきた優しい笑み。 「……」 出かけた言葉を呑み込む。 離れてしまった数歩分の距離。歩み始めればすぐにでも埋まる、たった数メートル。 ……私はいつだって、彩芽の隣にいたいから。 「…今度彩芽にメイクさせてよ!肌綺麗だし、メイクのりいいと思うんだ!」 「あ…ふふっ、蘭織がしてくれるなら喜んで」  私は歩みを再開し、そう言って彩芽の隣に立ちながら笑いかけた。メイクの話や最近の流行りを語りながら歩いていく。  少し冷えた夕刻の春風が、私の髪を撫でていった。
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