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………
…
「……ふぅ」
本殿の裏、広間と呼べる程のスペースが存在しないそこは、鬱蒼と生い茂った草木と土の香り満ちる空間だった。本殿の影に隠れているからなのか、よりいっそう涼し気な雰囲気を纏う場所になっている。
もう少しだけ上へと続く山の敷地。その先は舗装された道はなく、獣道に近い。石段を上って重たくなった足に力を入れて、道なき道へ歩みを進める。
数分、歩いたところで開けた場所に出た。
「ほら、見て」
『わぁ…』
その場所へスマホの画面を外に向けて掲げると、桜蘭が感嘆の声を上げる。
目の前には大きな1本の桜の木。そよ風に舞う花弁。サラサラと心地よい音色を奏でる細枝。どっしりと構えた太い幹。
もうすぐ春も終わるという今の時期に、ここの桜は未だ美しい色彩を纏っていた。
不思議なほど涼しい空気が、桜が萎むのを抑えているかのよう。ここは地元の人もあまり知らない、隠れた桜の名所だった。
「綺麗でしょ?」
『うん、桜は調べて見たことがあったけど、こんなに綺麗なものなんだね』
「そうそう、知識だけじゃわからない感動もあるんだよ」
私は桜の木に近づいて、いちばん近い枝に手を添えた。
「…でもやっぱりもう葉桜になってきてるね」
『葉桜?』
「桜が萎んで葉っぱの緑が混じり始めてる状態のこと。より暖かくなってきているってことだね。春の終わりを教えてくれているんだよ」
『ふーん』
いくらこの辺りが涼しいとはいえ、もうそろそろ限界なようだった。
「……」
私はここに咲く桜が大好きだった。
幼い頃は好奇心旺盛でいろんな所へ潜り込むような子だった。そんな私を抑えてくれていたのは彩芽で、でもいつもついてきてくれた。
そうやって毎日遊ぶ中で見つけたここの桜。4月後半になっても色をつけるこの桜の木を、私たちは毎年見ていた。
彩芽と始めて会った時、暗がりにいた私を彩芽は歌で元気にしてくれた。目を瞑って、眠っていた記憶を思い起こす。
『ねぇ、あやめちゃん!』
『これからもずっと一緒に──』
『一緒に、お歌を歌っていこうよ!』
私が演奏して彩芽が歌った、あの日した約束。暗がりから救ってくれたあの時間をいつまでも。楽しいお歌の時間をずっと、ずっと。
ただただ、純粋な想いだった。でもそれはもう…。もう、終わった想いだ。
「……」
そよ風が私の頬を撫でる。桜がまた、サラサラと鳴いた。
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