1曲目 "もう1人の私"の唄

5/18
前へ
/51ページ
次へ
『なんでそんな疲れた顔してるの?』  疲弊しないわけないでしょうが。 「誰のせいだと思ってんのよ」 『え〜?』 「だいたいあんたの存在自体意味わかんないし、いったいなんで──」  キィ…  捲し立てるように桜蘭を責め立てていた最中、扉の蝶番が軋む音が女子トイレに響いた。  …っ!やばっ、誰か来て── 「っ!!」  咄嗟にスマホをスカートのポケットに隠しながら振り向く。我ながら今の反応速度は誰よりも速かったと思う。反射神経で世界狙えるレベル。 「あ、いたいた。探したよ、蘭織」  音速で反応した先、そこには見慣れた姿があった。 「…彩芽(あやめ)かぁ」  別に難は去っていないが、思わず安堵の吐息が漏れた。目の前にいたのが長い付き合いの幼馴染だったから。  温厚で優しそうな瞳を持つ女の子。枝毛ひとつない黒髪ストレートのロングヘアは、少し癖毛が入っている私からしたら羨ましい。  三倉(みつくら) 彩芽(あやめ)。幼稚園の頃から今まで、いつも一緒にいてくれている私の大親友だ。彼女とは数え切れないほどの思い出がある。それほどの仲の女の子だった。 「…蘭織、誰かと話してなかった?」 「えっ!?」 「いや、話し声が外から聞こえてたから。誰かいるのかなって」 「いないよ!誰も?全然!これっぽっちも?」 「…そう?」  焦って変になった私の日本語に、彩芽は困惑の表情を見せた。  彩芽は奥手な子だが、冷静で聡い部分がある。私の細かな反応からなにかを読み取られていそうだ。 『──!』  ポケットのスマホがブーッとバイブレーションを鳴らした。桜蘭がまた煩く叫んでいる様子。  私はポケットの中でスマホの画面をオフにして、怪しまれないように彩芽に向き直った。 「と、ところで探してたって?」 「いつも通り一緒に帰ろうと思って。でも放課後になった瞬間、急に走って出ていっちゃったから」 「あ、あー…ごめんね。お腹…そう!お腹が痛かったから!」 「大丈夫?」 「もう大丈夫!平気平気!」  未だにけたたましくバイブを鳴らすスマホを、ポケットの中で軽く叩いた。  もしVOISYSのアバターが話しかけてきたなんてバレたら…いくら長い付き合いの親友とは言え、不思議な人認定されてしまう。友達いないの?とか心配されそうだ。  それに、彩芽にはVOISYSの活動を秘密にしている。私のためにも、彼女のためにも…。 「大丈夫ならよかった。じゃあ帰ろ?」 「う、うん」  彩芽の声を皮切りに、私たちは2人女子トイレを後にした。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加