5.95歳の卒業

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5.95歳の卒業

 それに対して引いてるのは私だけで、会員たちは「イエーイ!」とレスポンスした。  安岐さんは満足げに笑みを浮かべて一言。 「『』とぶ」  一同大ウケ。 「二次会は小粋なBARでも行くかね。BARで飲む」  一同さらに大ウケ。笑いすぎて軽くケイレンを起こしてる人もいる。  怖い怖い。俄然宗教じみてきたんですけど。 「名字は安岐、名前もあき。ダジャレババアのです。アタシのダジャレもかい?」 「そんなことないぞ」「最高だよ」「天才」などの言葉が飛び交う。  ダジャレ好きと言ったら中年オヤジのイメージだから老婆は珍しいかも。   「ありがとね。でもアタシも95歳、年をとりすぎたよ。ダジャレのキレが衰えた。これ以上醜態はさらしたくないんでね、アタシは……」  安岐さんはゆっくりと目を閉じた。  会員たちを見てみると、両手を強くからめて何かを祈っている人、耳を塞いでる人もいた。  全員がシリアスな雰囲気なので、安岐さんが立ったまま天に召されたのかと一瞬思ったくらい。    無事目を開けた安岐さんが口も開いた。 「ダジャレを卒業するよ」  文脈からしてそうでしょう。  95年も生きてきた方が何を卒業したのか期待してたのに、ダジャレって申し訳ないけどどうでもいい。  続けて安岐さんが「乾杯!」と音頭を取ったけど誰も応えない。  内容の貧弱さにさすがの会員たちも盛り上がれないんでしょうね。  私がそう思った直後、会員たちから啜り泣く声が漏れてきた。  目をやると全員が全員泣いてる。   は?  「こんなにのにな顔しなさんな。これがアタシ最後のダジャレだよ」   安岐さんのその言葉に会員たちの啜り泣きが号泣に変わった。  奥さんに浮気されて離婚した話であんなに陽気に盛り上がったのに、バアさんがダジャレをやめますで号泣って……  泣き上戸ってわけじゃなさそうだし、もう彼らの感性とモラルに理解が追いつかないんですけど。     号泣しながら日本酒を手酌してる緒崎さんに涙の理由を聞いてみたら、 「それを聞くのは野暮ってもんだろ」  って怒られた。
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