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夕食後は一緒にゲームをした。
健人はゲームが得意らしく、対戦すれば俺はボコボコ。協力プレイでも俺は足を引っ張りまくっていた。
「健人、ゲーム上手いのな」
「彰紘が下手なんだよ。俺が教えてやる」
文字通り手取り足取り教えられると、多少は使い物になってきた。
と、どこからか軽快なメロディーが聞こえる。
「あ、風呂沸いたみたい。入る?」
「俺は後でいいよ」
「一緒に入ろうぜ」
「っ、いいから先入って来いって」
「ちぇー」
頬を膨らませて、健人は部屋を出て行った。
あのまま「入ろう」としつこく言われていたら、また根負けして入っていたかもしれない。
いや別に、男同士だし変なことはないんだが。
健人、肌白いけど最近撮影で日焼けしたって言ってたな。細っこいけど舞台とかで体力ついたみたいだし、意外と筋肉あるのかも……
っ!? 何考えてるんだ!
俺は頭に浮かんだ想像を振り払って、ゲームを再開した。
入れ替わりで俺も風呂に入った。
風呂から上がって健人の部屋に行くと、ロフトの下に布団が2組敷かれている。その上で健人がドライヤーをしていた。
「健人、風呂ありがと」
「あ、おかえり。湯加減どうだった?」
「ちょうどいい。というか、風呂場すごいな」
脱衣所も洗い場も広く、中は立派な檜風呂だった。枡のような四角い檜のバスタブはゆったりと足を延ばせて、まるで旅館だ。
「父さんの拘りなんだ。あの風呂場でこのマンション決めたみたい」
「お父さん、何してる人なんだ?」
「なんかIT関係? みたいな? よくわかんねー」
うちの親父とは収入が桁違いなことだけはわかった。
髪を乾かし終わった健人が、ちょいちょいと手招きをする。
「髪、俺が乾かしてやるよ」
「自分でやるから」
「いいから、やらせて」
布団の上に座らされ、ドライヤーを持った健人が背後にまわる。なんだかわからないが、今日は俺の世話を焼きたい気分らしい。
ドライヤーの温風と共に、健人の細い指が優しく俺の髪に触れる。
「彰紘の髪、柔らかい。染めたこととかないの?」
「ないな。健人は仕事とかで染めねえの?」
「次のドラマでブリーチするんだ」
「へえ、健人が金髪か」
「ううん、ピンク」
「ピンク!?」
振り返ると、「乾かせないだろー」と前を向かせられた。
アニメのようなピンク頭になった健人、想像がつかない。
「なんかもったいないな」
「似合わないかな?」
「健人なら何だって似合うとは思うけど……でもそんな派手髪にしたら、髪痛むだろ」
せっかくキレイでまっすぐな髪がもったいない。
「彰紘が嫌なら、やめようかな」
「いや、ドラマなんだろ。俺の一存でやめるなよ」
「……ピンクの俺でも、好きでいてくれんの?」
健人が俺の顔を覗き込む。こてんと小首を傾げるこの小悪魔みたいな仕草、わかってやってんだろ。
「当たり前だろ。髪型くらいで嫌いになったりしない」
「よかったー。俺も、彰紘がハゲたって嫌いにならないからな」
「勝手にハゲさせんな」
乾かし終わると、健人は俺の髪をブラシで梳かし始めた。あと寝るだけだってのに。
「彰紘ってさあ、ワックスとか付けたりしないの?」
「したことないな。俺あんまそういうのわかんなくて」
「じゃあ、明日俺がやってやるよ。絶対かっこよくなるぜ」
髪型セットした俺とボサボサ頭の健人が並んでも、絶対健人の方がかっこいいと思うが。
まあ、雰囲気イケメンくらいにはしてくれるのかもしれない。
深夜1時も過ぎ、とりあえず布団に入った。けど、すぐ眠れるわけもない。
オレンジの豆電球の明かりの下で、健人の顔がぼんやりと見えた。
「なんか修学旅行みたいだな」
ぽつりと言うと、健人が暗闇の中でニヤリと笑う。
「なあ、彰紘。好きな子教えろよ~」
「そこまで再現しなくていいって」
「俺はね、彰紘が好き」
左側に寝ていた健人が、ごろんと身体ごとこちらを向いた。
「彰紘は? 彰紘は誰が好き?」
「…………」
「なんで黙るんだよ」
「言わせるなよ」
「言わせたいんだよ」
天井を見上げていると、健人が何やら動き出した。もぞもぞと俺の布団へ入って来る。
「ちょっ、狭いだろ」
「俺のこと好きって言ったら戻ってやる」
健人が俺の左腕にぴとっとくっついてくる。
「……っ」
「なあ、俺たちってさ。付き合ってるんだよな?」
「つ……!」
「なんかあれから恋人っぽいことしてねえし、彰紘は俺のことどう思ってんのかなって」
「……ごめん」
ガバッと健人が起き上がった。
「なんだよごめんって! あのときは勢いで言っただけなのか!? 俺は本気で彰紘のこと」
「違う違う! 悪い、不安にさせてごめんって……」
「……紛らわしいこと言うなよ」
ぎゅっと俺にしがみついてくる健人の髪を、そっと撫でた。細くて柔らかい、まっすぐな黒髪。
「健人みたいなやつが俺なんかと付き合ってるって……恋人だなんて、どうしても実感なくて」
「なんでそうやって勝手に俺との間に線を引くんだよ」
「どう考えても不釣合いだろ」
「誰が言ったんだよ、そんなこと」
「誰も言ってないけど」
「じゃあ気にすんなよ」
不機嫌そうに俺を見上げてくる健人は、心なしか目が潤んでいた。
「ごめん」
「謝んなくていいから、他に言うことあるだろ」
伏せられた健人のまつ毛は長くて、オレンジの明かりに照らされた頬は艶やかに見える。
言うまで放してやらないとばかりに、健人が抱きつく俺の腕に力を込めた。
「好きだよ。健人」
「俺も!」
ちゅ、と不意打ちで健人の唇が唇に触れた。
「――っ!」
「えへへ、良い夢見れそう」
そう言って、健人は俺にくっついたまま目を閉じた。
「自分の布団に戻るんじゃなかったのかよ」
「そんな約束してないもん」
勝手なことを言って、健人はあくびをした。今日も朝から仕事で忙しかったはずだ。眠いんだろう。
健人の細い息が首元をくすぐる。その体温をもっと感じたくて、右腕で健人の背中を抱き寄せた。
「おやすみ、健人」
「おやすみ、彰紘」
fin.
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