おまけの2人

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彰紘の部屋はシックな印象だった。 床とクローゼットのドアはこげ茶、家具は黒で統一されている。 部屋の奥にはロフトベッド、その下には学習机と言うにはシンプルな木目調の机があり、上にはゲーム機やフィギュアが置かれていた。机の上だけが『男子の部屋』って感じがして、なんか安心する。 「荷物はロフトの上に投げといていいぜ。今日は下に布団並べて寝るから」 「俺は布団でいいから、健人はベッドで寝ればいいのに」 「それじゃ意味ないだろ。寝ながら喋りたいじゃん」 修学旅行かよ。でもそれは楽しそうだ。 中学の修学旅行は、母さんが死んだばっかでそれどころじゃなかったから。 「彰紘、夕飯どうする?」 「なんでもいいけど。なんか買ってくる?」 「出前取ろうぜ。俺ピザ食べたい」 「宅配ピザ? へえ、俺食べたことない」 「食べたことねえの!? マジで!」 健人の大きな目が更に丸くなった。そんな驚かれるようなこと……なんだろうな。 「前に住んでたとこは田舎過ぎて宅配圏外だったんだよ。こっち来てからも、頼んだことなくて……」 宅配ピザに憧れはあった。けど親父に「あんなもん高いからやめろ」と却下されて諦めていた。確かに高い。ピザトーストが何枚も作れる。 「よし、それなら今日は彰紘の宅配ピザデビューだな!」 「あ、ちょい待って。俺あんま金持ってきてない……」 「気にすんなよ、俺が奢る。これもホスト側の役目……ってか、前に奢るって約束してたもんな」 「してたけど……」 「いいからいいから、ゲストはおもてなしされてろよ。ほら、メニュー見て」 渡されたタブレットにはピザ屋のメニューが表示されてた。 「初めてならやっぱベタにミックスピザは入れるよな。あと俺、この耳にソーセージ入ったやつ好きなんだ。あと、ポテトとナゲットも付けるだろ。えーと、スープは……あ、サラダも食う?」 「そんなに食うのか?」 「結構ぺろりといけちゃうぜ」 健人に金額を気にする素振りはない。小遣いいくら貰ってんだ。いや、働いてるんだから自分のギャラか。 いくら奢りとはいえ、ちょっと気が引ける。 「スープとサラダくらいなら、俺が作れるけど」 「え!? 彰紘料理できんだっけ!」 「親父が作れないから、家ではいつも俺が作ってる」 「彰紘の手料理食いたい! 作って!」 健人が腕に飛びついて来た。なんとなく言ってしまったけど、そんな期待されるとプレッシャーだ。冷蔵庫に何があるかも確認してないのに。 健人がピザを頼んでる間に、キッチンを借りた。冷蔵庫を見ると、十分すぎるほど買い置きがある。 ピザを頼み終わった健人が、一緒に冷蔵庫を覗き込んできた。 「ここにあるの、使って大丈夫か?」 「だいじょーぶ。何作ってくれんの?」 「シーザーサラダとミネストローネとか……」 「最高じゃん! 俺どっちも大好き!」 キッチンを借りてサラダとスープを作る。自分から言い出したことだが、人の家で料理をするのは初めてだから緊張する。しかもいつもは自分と親父が食べるだけだからいろいろ適当だが、今日はそうもいかない。 「彰紘~♪」 野菜を切っている俺の背中に、健人が引っ付いてくる。 「座ってろよ」 「だってヒマなんだもん。あ、俺たまねぎ嫌いだから入れなくていい」 「ミネストローネなのに? たまねぎなんて溶けてわかんなくなるから大丈夫だろ」 「え~。彰紘、お母さんみたいなこと言うな」 誰がお母さんだ。 なんて、健人にうろちょろされながらスープを煮込み、同時にシーザーサラダのドレッシングを作る。 「料理できる男っていいよな~。いい旦那さんになれるぜ」 「旦那って……」 お母さんから旦那かよ。 呆れていると、両手で頬を挟まれて健人の方へ向かされた。 「俺の自慢の旦那さん」 「っ、ばかじゃ――」 ピンポーン♪ インターフォンの音が部屋に響いた。「はーい!」と何事もなかったかのように健人が走って行く。 「……なんなんだよ」 ぐつぐつ煮えるスープを、俺はグルグルと掻き回した。 ダイニングの黒いテーブルの上に、ピザを2枚とポテトにナゲット、スープとサラダを並べた。 「すっごいウマそー! いっただっきまーす!」 と、勢いよくピザにかぶりつく……のかと思ったら、健人はミネストローネをすすった。 「ん~! ウマい! 彰紘の手料理最高!」 「別に普通だよ。ってか、まずはピザ食えって」 「彰紘の料理食べたかったの。次はサラダ、ピザは最後」 サラダなんてドレッシングを作っただけなのに、健人は旨い旨いと食べていた。いちいち大げさだなと思ったけど、悪い気はしない。 俺は俺で、初めての宅配ピザを食べる。思わず目を見開いた。 アツアツのピザは生地がふわっとしていて、トマトのソースとチーズが絡み合う。この食感と濃厚な味は、ピザトーストとは全然違った。 「どう? 初めての宅配ピザのご感想は」 「すっっげえ旨い。これが本物のピザか……」 「あははっ、ピザは食べたことあるだろ」 「いや、俺が食べてたのはニセモノだ。俺は今まで本当のピザの旨さを知らなかったんだ!」 「なんだよそれ、めっちゃウケるんだけど!」 健人にゲラゲラ笑われたが、俺は夢中でピザを食べ続けた。健人が好きだと言った耳にソーセージが包まれたピザなんて、もはや革命だった。『耳までおいしく』なんて言ったって、プレーンのピザの耳も十分旨いのに、なんて贅沢なんだ。 バクバク食っていると、健人がニコニコと俺を見つめているのに気づいた。 「あ……悪い。俺ばっか食ってて」 「いいっていいって。彰紘が喜んでるの見ると俺も嬉しいんだ。俺、また彰紘の初めて奪っちゃったな」 「え……っ」 「東京でのデートだろ、初めてのピザだろ、それから初めてのキ……」 「ああああそうだな! そういや、友達の家に泊まるのも初めてなんだ!」 思わず健人の言葉を遮った。あの日のことは、今だって鮮明に思い出す。 初めてのキス……好きだと言い合ったあの日。 けど、別にそれから何があったわけじゃない。俺たちは友達で、親友で、それ以上の何かになったのかどうか、よくわからない。 健人の華やかな顔が、更にパッと華やいだ。 「ホントか! また彰紘の初めてなんだな!」 「お、おお……」 「そっかぁ、初めて1人でお泊りか。寂しくなったらお父さんに電話してもいいんだぜ、彰紘くん?」 「俺は幼稚園児か!」 よしよしと頭を撫でられ、完全に子ども扱いされる。黙って残ったピザに手を伸ばそうとすると、先に健人に取られた。食べるのかと思ったら、健人がそのピザをこっちに向けてくる。 「はい、あーん」 「っ、自分で食わないのかよ」 「彰紘がおいしそうに食べてるとこ見たいんだよ」 「自分で食うから寄こせ」 「やだ。俺が食べさせたい」 何を拘ってるんだか……。 根負けして、健人の手からピザを食べた。 「おいしい?」 「おう」 「じゃあ、もう一口」 飽きもしないで、健人は楽しそうに俺にピザを食わせてる。 なんだか餌付けされている気分だ。
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