33人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
彰紘の部屋はシックな印象だった。
床とクローゼットのドアはこげ茶、家具は黒で統一されている。
部屋の奥にはロフトベッド、その下には学習机と言うにはシンプルな木目調の机があり、上にはゲーム機やフィギュアが置かれていた。机の上だけが『男子の部屋』って感じがして、なんか安心する。
「荷物はロフトの上に投げといていいぜ。今日は下に布団並べて寝るから」
「俺は布団でいいから、健人はベッドで寝ればいいのに」
「それじゃ意味ないだろ。寝ながら喋りたいじゃん」
修学旅行かよ。でもそれは楽しそうだ。
中学の修学旅行は、母さんが死んだばっかでそれどころじゃなかったから。
「彰紘、夕飯どうする?」
「なんでもいいけど。なんか買ってくる?」
「出前取ろうぜ。俺ピザ食べたい」
「宅配ピザ? へえ、俺食べたことない」
「食べたことねえの!? マジで!」
健人の大きな目が更に丸くなった。そんな驚かれるようなこと……なんだろうな。
「前に住んでたとこは田舎過ぎて宅配圏外だったんだよ。こっち来てからも、頼んだことなくて……」
宅配ピザに憧れはあった。けど親父に「あんなもん高いからやめろ」と却下されて諦めていた。確かに高い。ピザトーストが何枚も作れる。
「よし、それなら今日は彰紘の宅配ピザデビューだな!」
「あ、ちょい待って。俺あんま金持ってきてない……」
「気にすんなよ、俺が奢る。これもホスト側の役目……ってか、前に奢るって約束してたもんな」
「してたけど……」
「いいからいいから、ゲストはおもてなしされてろよ。ほら、メニュー見て」
渡されたタブレットにはピザ屋のメニューが表示されてた。
「初めてならやっぱベタにミックスピザは入れるよな。あと俺、この耳にソーセージ入ったやつ好きなんだ。あと、ポテトとナゲットも付けるだろ。えーと、スープは……あ、サラダも食う?」
「そんなに食うのか?」
「結構ぺろりといけちゃうぜ」
健人に金額を気にする素振りはない。小遣いいくら貰ってんだ。いや、働いてるんだから自分のギャラか。
いくら奢りとはいえ、ちょっと気が引ける。
「スープとサラダくらいなら、俺が作れるけど」
「え!? 彰紘料理できんだっけ!」
「親父が作れないから、家ではいつも俺が作ってる」
「彰紘の手料理食いたい! 作って!」
健人が腕に飛びついて来た。なんとなく言ってしまったけど、そんな期待されるとプレッシャーだ。冷蔵庫に何があるかも確認してないのに。
健人がピザを頼んでる間に、キッチンを借りた。冷蔵庫を見ると、十分すぎるほど買い置きがある。
ピザを頼み終わった健人が、一緒に冷蔵庫を覗き込んできた。
「ここにあるの、使って大丈夫か?」
「だいじょーぶ。何作ってくれんの?」
「シーザーサラダとミネストローネとか……」
「最高じゃん! 俺どっちも大好き!」
キッチンを借りてサラダとスープを作る。自分から言い出したことだが、人の家で料理をするのは初めてだから緊張する。しかもいつもは自分と親父が食べるだけだからいろいろ適当だが、今日はそうもいかない。
「彰紘~♪」
野菜を切っている俺の背中に、健人が引っ付いてくる。
「座ってろよ」
「だってヒマなんだもん。あ、俺たまねぎ嫌いだから入れなくていい」
「ミネストローネなのに? たまねぎなんて溶けてわかんなくなるから大丈夫だろ」
「え~。彰紘、お母さんみたいなこと言うな」
誰がお母さんだ。
なんて、健人にうろちょろされながらスープを煮込み、同時にシーザーサラダのドレッシングを作る。
「料理できる男っていいよな~。いい旦那さんになれるぜ」
「旦那って……」
お母さんから旦那かよ。
呆れていると、両手で頬を挟まれて健人の方へ向かされた。
「俺の自慢の旦那さん」
「っ、ばかじゃ――」
ピンポーン♪
インターフォンの音が部屋に響いた。「はーい!」と何事もなかったかのように健人が走って行く。
「……なんなんだよ」
ぐつぐつ煮えるスープを、俺はグルグルと掻き回した。
ダイニングの黒いテーブルの上に、ピザを2枚とポテトにナゲット、スープとサラダを並べた。
「すっごいウマそー! いっただっきまーす!」
と、勢いよくピザにかぶりつく……のかと思ったら、健人はミネストローネをすすった。
「ん~! ウマい! 彰紘の手料理最高!」
「別に普通だよ。ってか、まずはピザ食えって」
「彰紘の料理食べたかったの。次はサラダ、ピザは最後」
サラダなんてドレッシングを作っただけなのに、健人は旨い旨いと食べていた。いちいち大げさだなと思ったけど、悪い気はしない。
俺は俺で、初めての宅配ピザを食べる。思わず目を見開いた。
アツアツのピザは生地がふわっとしていて、トマトのソースとチーズが絡み合う。この食感と濃厚な味は、ピザトーストとは全然違った。
「どう? 初めての宅配ピザのご感想は」
「すっっげえ旨い。これが本物のピザか……」
「あははっ、ピザは食べたことあるだろ」
「いや、俺が食べてたのはニセモノだ。俺は今まで本当のピザの旨さを知らなかったんだ!」
「なんだよそれ、めっちゃウケるんだけど!」
健人にゲラゲラ笑われたが、俺は夢中でピザを食べ続けた。健人が好きだと言った耳にソーセージが包まれたピザなんて、もはや革命だった。『耳までおいしく』なんて言ったって、プレーンのピザの耳も十分旨いのに、なんて贅沢なんだ。
バクバク食っていると、健人がニコニコと俺を見つめているのに気づいた。
「あ……悪い。俺ばっか食ってて」
「いいっていいって。彰紘が喜んでるの見ると俺も嬉しいんだ。俺、また彰紘の初めて奪っちゃったな」
「え……っ」
「東京でのデートだろ、初めてのピザだろ、それから初めてのキ……」
「ああああそうだな! そういや、友達の家に泊まるのも初めてなんだ!」
思わず健人の言葉を遮った。あの日のことは、今だって鮮明に思い出す。
初めてのキス……好きだと言い合ったあの日。
けど、別にそれから何があったわけじゃない。俺たちは友達で、親友で、それ以上の何かになったのかどうか、よくわからない。
健人の華やかな顔が、更にパッと華やいだ。
「ホントか! また彰紘の初めてなんだな!」
「お、おお……」
「そっかぁ、初めて1人でお泊りか。寂しくなったらお父さんに電話してもいいんだぜ、彰紘くん?」
「俺は幼稚園児か!」
よしよしと頭を撫でられ、完全に子ども扱いされる。黙って残ったピザに手を伸ばそうとすると、先に健人に取られた。食べるのかと思ったら、健人がそのピザをこっちに向けてくる。
「はい、あーん」
「っ、自分で食わないのかよ」
「彰紘がおいしそうに食べてるとこ見たいんだよ」
「自分で食うから寄こせ」
「やだ。俺が食べさせたい」
何を拘ってるんだか……。
根負けして、健人の手からピザを食べた。
「おいしい?」
「おう」
「じゃあ、もう一口」
飽きもしないで、健人は楽しそうに俺にピザを食わせてる。
なんだか餌付けされている気分だ。
最初のコメントを投稿しよう!