2話

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ぶつかりそうな人混みを、健人は俺の手を掴んだままゲームのようにするするとすり抜けて行く。 案内してくれた店はどこもカラフルで、人も品揃えも多い。すべてがオシャレに見えて、制服で来て良かった。私服じゃ入るの躊躇する。 俺がくたびれてきたのを察したのか、健人がコーヒーチェーン店に入った。なんちゃらかんちゃらという呪文のような飲み物を俺の分も頼んでくれて、席に着く。 「どう? 初めての渋谷は」 「人が多い」 「今日は少ない方だよ」 「ウソだろ!?」 そういや平日だもんな。土日はどうなってんのか怖すぎる。 「田舎者にはカルチャーショックだよ」 「え、彰紘だって都内に住んでるだろ?」 「俺は引っ越してきたから」 俺が生まれ育ったのは、北関東の片田舎。 中2のときに母親が死んで、父親と一緒に東京に出てきた。そんな理由の上京だったから、なかなか周りとも馴染めなくて友達もできない。1人で都会の街に繰り出す勇気もなくて、東京に住んでても家と学校のある場所しかわからない。 そこまで話して、健人が黙り込んでることに気づいた。 マズい、こんな重い話するつもりなかったのに。わざわざ遊びに来たのにドン引きじゃんか。空気読め、俺。 「だ、だから3年も住んでんのに渋谷とか原宿とか全然行ったことなくってさ。そんなやついないよな、引くよな」 「いいじゃん」 「へ?」 予想外のリアクションに、変な声が出た。 「ってことは、これから行くとこ全部初めてなんだよな! 俺は小さい頃から仕事であっちこっち行ってるから、初めてのときってあんま覚えてないんだ。いいな~、彰紘は。俺も頭リセットして初めての感動味わいたいぜ」 「そ、そんなもんなのか……?」 まさかそんなことを言われるとは思わず、ただポカンと健人を見つめるしかなかった。 「行ってみたいとこあるなら、俺が案内してやるよ。楽しいとこいっぱいあるぞ」 健人が曇りのない顔でニッと笑った。 転校前も友達は少なかったけど、そもそも学校帰りに遊びに行くような場所もなかった。でも、上京してからは違う。 放課後、休みの日、みんな友達同士で遊びに行って食べ歩きしたり、ハロウィンではしゃいだり。 それがテレビの中だけの話じゃなく、現実に目の前で行われてる。それを突きつけられると、まるで自分だけが何の楽しみも享受できていないような気がしていた。 「……俺、東京で遊ぶことなんてないと思ってた」 「なに言ってんだよ。楽しい高校生活はこれからだろ」 健人の仕事の時間が近づいたので、俺たちはスタジオのあるビルに向かった。 なんとなく見覚えのある芸能人がビルの中に入って行く。 「健人。今日は、ありがと」 「お礼言うのは俺の方なんだけど。彰紘、楽しかった?」 「あ、ああ……楽しかった」 答えると、健人がキラキラの笑顔になった。 「俺も! また遊ぼうな!」 大きく手を振って、健人がビルに吸い込まれて行った。 今まで渋谷に来なかったのは、今日のためだったのかもしれない。 なんて、バカなことを思ってしまった。
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