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健人を家に呼ぶのは、なんとなく緊張した。
家に友達が来るなんて何年振りだろう。少なくとも、このマンションに引っ越してからは初めてだ。
落ち着かない気持ちは、それだけじゃないけど。
「お邪魔しま~す」
「散らかってて悪いけど。なんか飲む?」
「全然! 大丈夫! 突然押し掛けた俺が悪いんだから、そんなジュースなんてお構いなく!」
ペットボトルのコーラをグラスに注いで、俺の部屋へ行った。
なんの変哲もない六畳一間。部屋の中央に置いたローテーブルにグラスを乗せ、ノートを広げる。
「これで全部だけど。コピーしてこようか?」
「写真撮らせて」
健人がスマホを出してノートを1ページずつ撮り始めた。なるほど、それが1番効率的か。
ノートを撮り終わっても、健人が仕事に戻るまでにはまだ時間がある。
久しぶりに直接会えた俺たちは、お互いの近況報告をした。
といっても、俺の話せることなんて少ない。せいぜいノートの補足と、あとは健人のドラマの話。
「学校でも話題になってるよ。うちの学校の視聴率100%かも」
「大げさだな~」
でも、かなり話題になってるのは事実だ。
健人が仲良いことを知って、俺に感想を言ってくるやつもいる。
「そう言えばさ、彰紘に言っときたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
「俺、今週キスするんだ」
「へ!?」
グラスを持つ手が、危うく滑りそうになった。
「今週の放送でキスシーンあんの」
「な、なんでわざわざ報告するんだよ」
「急に俺のキスシーン見たら、彰紘嫉妬しちゃうかな~って」
「するわけないだろ」
そりゃ多少は驚くだろうけど、なんで嫉妬なんて。ラブストーリーなんだから、キスシーンぐらいあって当然だ。
相手はもちろん、渡辺舞花だよな。
俺じゃなくてそっちのファンに嫉妬されないか心配すればいいのに。
「……キスシーンってさ、本当にしてるのか?」
「それは見てのお楽しみ~」
ニヤニヤ笑う健人は、完全に俺をからかってる。
もしかして、キスシーン自体ウソなんじゃないか? その可能性は十分ある。
ドラマ以外の話もしたが、なんとなく集中できなくて空返事ばかりしてしまった。
「彰紘、ちゃんと聞いてる?」
「き、聞いてるって」
「だってさっきから俺の話全然――」
ガチャガチャと玄関の開く音が聞こえた。
「ただいま~」と親父の声!
「うわ、親父もう帰ってきたのか」
ちょっと待ってて、と健人を残して部屋を出る。
「なんだ、彰紘。帰ってたなら『おかえり』くらい言え」
「親父、随分早いな」
「早めに帰るって昨日晩飯のとき言っただろ。聞いてねえな?」
そういえばそうだったが、別に気にしていなかった。
まさか健人が来るとは思ってなかったから。
「お邪魔してます!」
俺の後ろから、ぴょこんと健人が顔を出した。
「おっ、友達が来てたのか。どうも、うちのバカ息子がいつもお世話になって」
「いえ、僕の方こそ彰紘くんにはいつも仲良くしてもらっています」
健人がキラキライケメン俳優の顔で微笑むから、親父が心なしか見惚れている。
「おい、彰紘。随分イケメンな友達じゃねえか」
「芸能コースなんだよ。目黒健人って知らないか?」
「やめてよ、彰紘くん。僕そんなに有名じゃないから」
キラキラしながら謙虚ぶっている健人を、親父がまじまじと見た。
「あっ!」と声を出したところを見ると、気づいたらしい。
「お前がいつも見てるドラマの!」
「そうだよ。友達が出てるっつっただろ」
「そんな有名人が彰紘の友達……母さんが生きてたら泣いて喜んだろうに」
なんでだよ。
ツッコミどころ満載の親父を前に、健人は「彰紘くんのお父さんっておもしろいね」と笑う。
その彰紘「くん」ってのやめてくれ。むず痒い。
「良かったら夕飯食べてって。作るのは彰紘だから」
「ありがとうございます。でも僕これからまた撮影に戻らないといけないんです。今日は突然お邪魔して失礼しました」
「さすが売れっ子は忙しいなぁ。こんな家で良かったらいつでも遊びに来てな」
「はい! 彰紘くん、いつも僕に優しくしてくれるんです。お父様がステキな方だからですね。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです」
「いやぁ、うちの息子なんかで良ければ……」
すっかり親父は健人にメロメロになっていた。おっさんも魅了するイケメンの威力。
「じゃあね、彰紘くん。ノートありがとう」
「撮影がんばってね、健人くん」
健人が一瞬驚いた顔をして、手を振って帰って行った。やれやれ。
「お前、あんな友達いたら彼女はいらねえな。幸せ者め」
「どういう意味だよ」
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