6話

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6話

いよいよ週末、ドラマの放送日だ。 親父がうるさいから、今日は部屋にこもってスマホから配信を見る。 愛斗と二人三脚で勉強した恋は、ついに苦手な数学で満点を取った。 放課後、誰もいない教室で2人が喜び合う。 『ありがとう! 愛斗くんのおかげだよ』 『恋が頑張ったからだろ。約束のご褒美、やらないとな』 窓の外に沈む夕陽が真っ赤になった。逆光に照らされ、2人はシルエットになる。 そして、2人の唇が重なり合った。 変に胸がザワザワした。友達がキスしてるとこなんて見ないもんな、普通。 アレ、本当にしてたのか? してないのか? してるように見えたけど、わざわざシルエットになってるということは誤魔化してるのか? いやでも、ただ単にそういう演出なだけなのかも…… ……なに考えてるんだ、俺。そんなのどっちだっていいじゃないか。 それより健人に感想を送ってやろう。 『見たぞ! してたじゃんキスw』 精一杯ふざけたメッセージを書いたものの、送信できない。 後にしよう。 と思った瞬間、ポン♪と通知が鳴って健人からのメッセージがきた。 『見た? どうだった、俺のキス』 既読をつけてしまったから、スルーするわけにはいかない。 『微妙じゃん。シルエットで誤魔化して、ホントはしてないんだろ』 『さあ~? どうだろうね~?』 自分から聞いたくせに、はぐらかすなよ。 どうせファーストキスというわけでもないだろうし、ただの芝居だ。 健人はこれからもこういう仕事をしていく。俳優なんだからな。 翌週のテスト期間に、健人の姿はなかった。 仕事の合間に学校に来て、個別に受けるらしい。芸能コースではそんなに珍しいことではないようだ。 ドラマは無事最終回を迎えた。 放送中から人気は高く、すぐさま映画化も決まった。既に撮影も始まっているらしい。 俺はまた全然学校に来られない健人のために、ノートの写真を送っている。「ありがとう!」と律儀に返事はくるが、勉強する時間があるんだろうか。 誰もいない校舎裏で、段差に座って1人弁当を食べる。 太陽が雲に隠れてうすら寒い。外で食べるんじゃなかった。 「久しぶり!」と声がして顔を上げると、健人が走って来ていた。 「彰紘、こんなとこにいたんだ。捜したよ~」 「ビックリした。撮影の中抜けか?」 「ううん、今日は久しぶりに午後からオフなんだ」 「だったら家で休んでればいいのに」 「ずーっと休んでんだからサボれないだろ」 芸能コースは本人の活動によって、出席日数が足りなくても進級できるようになってると聞く。 せっかくのオフ、俺だったら絶対休んでるぞ。 「毎日ノートありがとな。おかげさまで、この前のテストは大丈夫だったから」 「健人、結構成績良いって聞いたけどホントか?」 「俺、教科書とかノートを写真みたいに丸暗記できるんだ。だから彰紘のノートさえあればバッチリ。台本もそれで覚えてる」 テレビでベテランの俳優が同じようなことを言ってた。天才ができるやつじゃん。 「健人、昼は?」 「食べてきた。隣、いい?」 言いながら、既に健人は隣に座っていた。 学校でゆっくり話すのは久しぶりだ。 「映画の撮影終われば、少し休めるのか?」 「いや、また次の仕事入ってる。今度は舞台だってさ。稽古多いんだって。あとCD出さないかって話もきてるから、ボイトレも始める予定」 「お前……倒れるぞ」 「平気だって。俺頑丈だもん」 言った途端、ふわ~と大あくびをした。 「寝てないのかよ」 「あんまりね。今日も撮影早くって」 「まだ授業始まんないし、ちょっと寝とけよ」 「ごめん……ちょっとウトウトしてる、だけなんだけど……」 健人がこてんと俺の肩に頭を預ける。寄りかかられてるのに、驚くほど軽い。 すぐに寝息を立てた健人の頬は、ちょっとこけたように見える。もともと痩せている身体が、ますます細く小さくなった気がした。 こんなか細い身体して、なにが頑丈だよ。 でも芸能人の健人にとって、忙しいのは喜ばしいことなんだろう。 人気商売なんだから、できる限り働かないと。 無理なんてするなと思ってしまうのは、のんきな一般人だからなんだろうな。 健人が規則正しく寝息を立てている。 できればこのまま、ずっと寝かせておいてやりたい。 思わずその薄い肩を抱き寄せた。 「仕事なんて、辞めちまえよ」 パチッと、健人の目が開いた。 「そんなに俺と一緒にいたい?」 「っ、お、起きてたのかよ!」 「ウトウトしてるだけって言ったじゃん。悪いけど俺、まだまだ仕事は辞めねえよ」 「まあ、そりゃそうだろうな……」 健人がどれだけ一生懸命にやってるかはわかってる。俺が軽々しく口出ししていいことじゃない。 それはわかってる、けど。 ふっ、と健人が弱々しく息を吐き出した。 「今忙しくても、いつ仕事なくなるかなんてわからないけどさ」 「そんなことないだろ」 「あるんだよ、この仕事は。なんとか『子役』から『若手俳優』に切り替えられたけど、それだっていつまでも使える武器じゃない。いつお払い箱になるかいつも不安なんだよ。そのうち俺のことなんて、誰も必要なくなるんじゃないかって」 初めて聞く健人の弱音だった。 芸能界の荒波……なんて俺は言葉でしか知らないけど、その真っ只中にいる健人の言葉は重い。俺が簡単に励ませるようなことじゃない。 それでも、少しでも健人の不安を和らげてやりたかった。 「芸能界のことは俺にはわからないけど。健人を必要とする人は、絶対にいなくならない」 そう言った俺を、健人は不思議そうな顔で見た。 「俺はずっと、健人が必要だから」 「彰紘……?」 って、これじゃまるで告白じゃないか! 取り繕う言葉も見つからなくて、健人の反応を待つしかない。いつもならすぐ茶化してくるのに、なんで何も言わないんだよ。 健人が笑いもせず、少し首を傾けた。 「本当に?」 「う、ウソ言ってどうするんだよ」 「じゃあ、キスして」 「は!?」 「口ならいくらでも言えるだろ。キスしてくれたら信じる」 健人が静かに目を閉じた。 キスしろって? なんで……え、どうしてこんな展開に……!? でも俺はウソなんて言ってない。健人に言ったことは本心だ。 だったら…… 俺は目を閉じて待つ健人に、ゆっくりと顔を寄せた。 爆音のように鳴る心臓の音が、健人に聞こえそうで怖い。 自然と固く目を閉じ、健人のその唇に、触れるように……キスをした。 「し、信じた……か?」 ゆっくり目を開けた健人の頬が、ほんのりと染まっている。 「信じてあげる。ウソじゃないんだな」 「だ、だからそう言って――」 「俺のファーストキス奪ったんだから、責任取れよ」 健人の言っていることが頭に入ってくるまで、たっぷり5秒はかかった。 「え、ちょっ、な!? ファ、ファーストキス!? ドラマは?」 「あれはしてないよ。ファーストキスまだだって言ったら、監督がしなくてもいい演出にしてくれたんだ」 「でもお前、今まで彼女……」 「告白されたことは何度もあるけど、誰とも付き合ったことないよ。俺、最初にキスするのは好きな人って決めてんだ」 「え、じゃ、マジで、え……」 というか今、『好きな人』って…… まだ頭が整理できない俺に、健人はいたずらっぽく笑った。 「彰紘、俺のこと好き?」 なに聞いてるんだよ!? 健人は俺にキラキラした世界を見せてくれて、一緒にいると楽しくて、傍にいられなくてもいつも思ってて、それで…… 俺みたいな平凡な一般人とはどう考えても釣り合わない。こいつに似合うのは渡辺舞花みたいな美少女だ。そうに決まってる。 でも、それでも…… 「俺が、好きになってもいいのかよ」 「いいに決まってるだろ。な? 俺のこと、好き?」 「……好き、だよ」 健人が幸せそうに笑った。こんな顔、ドラマでも見たことない。 俺の『好き』だけで、健人がこんな顔をしてくれる。 ――キーンコーンカーンコーン 雰囲気ぶち壊しのチャイムが遠くに聞こえた。 「授業、始まるな」 「サボっちゃおうぜ。そうだ、どっか遊び行こう!」 「授業出るために来たんじゃないのかよ」 「いいんだよ。俺、彰紘に会いに来たんだからさ」 キラッキラの健人の笑顔が眩しかった。 でもそれに負けないくらい俺もキラキラに、笑えている気がする。 曇り空からはいつの間にか陽が射して、俺たちを照らしていた。
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