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ACT.1「トイレのカミサマ」
「ケンビシ、トイレ掃除やっとけよ」
センパイの一言に、オレは心ん中でベッと舌をだした。
それはたぶん、酒をあつかう店で働くならさけらんねぇー業務なんだと思う。
黒と白のオシャレなカンジな内装の男子トイレ。だというのに、「どこ狙ってんだよ」と口にだしてツッコミたくなるほど小便は床に飛びちっていて、個室の便器の中にはゲロがうかんでいる。
清掃中の札を外側のドアノブにかけてから掃除をはじめるが、それでも入ってくるヤツは入ってくっけどな。
「……あ、今大丈夫かな?」
ホラな。
床をふいていた手をとめて、入ってきたヤツを見てみると……まぁフツーに"オッサン"だった。
「あー、はい。別にいっスよ。つかってください」
あ、やべ。"~っス"はダメだってセンパイに注意されたばっかなのについ言っちまった。しょーがねーじゃん、クセなんだし。
それにオッサンはオレの言葉づかいにイヤな顔をしてないのでそれでオールオッケーつーことで。
小便器にむかうオッサン。オッサンが小便してるトコを見ながら床掃除をするはキチーもんがあるので、先に個室のゲロを片づけることにする。
ゲロを流して、便器をみがいていると、うしろから声がかかる。
「君、いくつ?」
オッサンの声だが、これオレに言ってんのか? ここにはオレとオッサンのふたりだけだからそーなんだろう……。
「18っス」
ふり返らず、トイレたわしを動かす手もとめずにそっけなく答える。
「若いなぁ。大学生?」
「学校は行ってないっス」
つかオレ、16だし。でも学校に行ってないのは本当だ。
「……そう。これ、よく頑張ってるから。あげる」
"あげる"という言葉に反応して首を回すと、目の前に1万円札があった。
ふとオッサンの顔を見てみれば、ニコニコとなにが楽しいのかよくわかんねーけどとにかく笑っている。
「……マジっスか? マジもらっていいんですか? オレ、ぺーぺーだからチップとかもらってもかわいい子つけてあげらんないっスよ?」
「いいよ、いいよ。トイレ掃除、頑張ってるから。貰って」
「あ、あざっす! マジたすかりまーす!」
そこまで言うんならことわるのもわりぃーよな。
オッサンが手を洗ったのかどーか少しだけ気になったが、オレは1万円札を礼を言ってありがたく受けとる。
するとオッサンは「頑張ってね」と言ってトイレを出て行った。
そーいえば、トイレにはカミサマがいるみたいな歌詞の歌がはやったことがあったな。つまりはそういうことか。
オレがトイレ掃除をがんばってるからトイレのカミサマがご褒美をくれたワケだ。
へぇ、気前いーじゃん。いつもこんななら小便でもゲロでもよろこんで掃除するっての。
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