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第15話 「蛇の道は蛇、ゲイの道はゲイ」
(StockSnapによるPixabayからの画像 )
次の日から、白石の生活パターンは変わった。
早朝にコルヌイエホテルへ出勤、夜勤明けの井上から引き継ぎを受けて、そのまま夜まで働く。
仕事あがりに山中の部屋へ行き、食事をして、風呂を借りて帰った。
山中の部屋は、いつ行ってもすさまじいほど散らかっていた。
ベッドスペースにしてある一部分だけはきれいに整っていたが、あとはもう足の踏み場もない。
40畳の広いワンルームには、壁に沿ってぎっしりとCDが積まれ、小さなキッチンにたどりつくのが大変なほどだ。
部屋のすみにはコンパクトなオーディオセットがあり、天井の4か所から大きなスピーカーがぶら下がっている。
白石が行くと、いつもジャズがかかっていた。山中はどうもジャズ好きらしい。
大量のCDと頭上から流れるジャズに囲まれて、白石はめしを食う。
山中は巨大な身体に似あわず和食党だ。
筑前煮、ブリ大根やノドグロの干物、きんぴらごぼう、湯豆腐などが食卓に並んだ。
山中の家に通い始めて4日目。ついに白石は正直にうめいた。
「うまい」
薄く下味をつけたサバの竜田揚げに、アボカドチキンサラダ。うまいし、栄養バランスもいい。白石はどんどん食べた。
「うまいよ、あんたの男は幸せだな」
「バカいえ、男にメシなんか食わせるかよ。男は、こっちがいただくほうだ」
「……カレシに作らないのか。こんなにうまいのに」
「メシを食わすのは友人だけだ。寝るための男は、ぬきだ」
へえとアボカドサラダに食らいつきながら、白石は、
「もったいないなあ」
「あのな、人間は腹がふくれると、性欲が減退するんだよ。これからセックスしようって男の性欲を失せさせて、どうするよ」
「そうなのか、知らなかったな」
白石は右手で箸を持ち、おかずをつまんだ。
本気でうまい。
勢いよく食べ続ける白石を見て、山中は笑った。
「めし、口元についているぞ」
「そうか、どこだ」
「左側。ああ、そっちじゃない。おれからみて左だ」
白石が指で米粒を探っていると、すっと山中の指が出てきた。
口元から米粒をつまみとると、ぱくりと口に入れた。白石はそれを見て呆然とした。
「……ごちそうさま、でした。うまかったよ」
「あんた、ほんとうに行儀が良い男だな」
「えっ?」
山中は笑って、手ばやく食器類を片付けていく。
「食う前には必ず“いただきます”というし、喰い終わったら“ごちそうさまでした”。それだけのことだが、言えねえ奴も多いからな」
「そうだな。後輩に食わせても、“ごちそうさま”って言わないやつも多いな」
「そういうことが気になるっていうのは、おれも年取ったってことだ」
食器を洗いはじめる山中の背中を見て、白石は聞いた。
「あんた、いくつなんだ」
「27」
えっ、と思わず白石は大きな声を出した。
「にじゅうなな? じゃあ、俺より8歳も若いのか。それでもう有名ブランドの店長か??」
「俺はキャリアが長いんだ。アパレルの仕事に入ったのは16の時だからな」
山中はリズムよく食器を洗いつづけた。その動きに白石の目は釘付けだ。
色っぽい。これほど色っぽい身体を見たことがないと思った。しかし視線を無視して、山中は言った。
「高校を中退して、すぐ働き始めたんだ。最初の店が“レグリス”だから筋目は良いんだぜ」
と、山中は海外ラグジュアリーブランドの名を上げた。
「よく、そんなすごいブランドに入れたな」
白石が思わず言うと、山中はにやりと笑った。
「蛇の道は蛇、ゲイの道はゲイってな。当時の俺の恋人が“レグリス”の日本統括部長だったんだ。で、店舗にもぐり込ませてもらった」
ははあ、と白石は呆然とうなった。
なるほど、山中のような男が一朝一夕でできるはずがない。
幼いころからの積み重ねで、今のように初対面の相手もあっさりと篭絡できるようなキャラクターになったわけだ。
山中は洗い終わった皿を重ねながら、
「そのまま、18歳で“レグリス”の仙台店長になった」
「16で入って、18歳で店長……たった2年でか」
「アパレルの世界は売り上げがすべてだからな。売れる奴はどんどん上にいく」
山中は肩をすくめて、
「今でも、俺は毎月コンスタントに1千万円近く売り上げてる。
正直いえば、他のハイブランドに行ったほうが金は入るんだが、おれはドリーが気に入っているから、動く気にならねえんだ。好きにやらせてもらっているしな」
そして山中は、ドリー・Dのロゴが入った紙袋を持ってきた。
ニヤリと笑う。
「さて、脱いでもらおうか」
白石の腰が、ぎゅん、と熱を持った。
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