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第16話 「爪の先、爪のあいだ、そして爪と肉のあいだ」
(PexelsによるPixabayからの画像 )
「今日は、何を着るんだ?」
尋ねると、山中はデニムパンツを出して見せた。
白石はうなずいて、広いワンルームのベッドエリアに移動する。真っ白な壁の前に立った。
そのまま、捻挫した右手首に負担をかけないように、そっと履いているスーツのズボンを脱ぐ。
ボクサーパンツ一枚の白石に、山中が機械的にデニムをはかせた。
パンツを引き上げ、ウエストのボタンは開けたままで、ジッパーを半分引き上げる。
男の手がふれているあいだ、白石の心臓はギリギリと破滅しかけている。
もっとふれたい。
もっと深いところまで、ふれてほしい。
だが――なにもない。
昨日もその前も、山中はデジカメで撮影して、脱がせて終わりだ。
白石はスーツを着て、部屋を出る。
家に帰る。ひとりきりで。
しかし今夜の山中はデジカメで撮影したあと、ぽそりと言った。
「シャツも脱いでくれ」
「脱ぐ?」
白石が警戒するように言うと、山中は撮影したばかりの画像をまじめな顔でチェックしながら、
「脱いで、こっちを着ろ」
紙袋の中に、暗いグリーン色のシャツが入っていた。白石は手に取る。
とろり、と手の中からこぼれていきそうな柔らかさだ。
「なんだ、これ?」
「国産の最高級シルクだ。丹波産――俺が、素材選びから染色、デザインまで担当した」
「あんたが――作ったのか?」
白石が驚くのを、大男は淡々と受け流した。
「データとサンプル、デザイン画をそろえて、ドリー・Dに上げただけだ。最後のデザインは、ドリーだよ。
早く着がえねえと、寒いぞ」
そう言いながら白石の足元にしゃがみ、パンツをざっくりとロールアップした。
くるぶしの骨が露出する。
一歩さがって全体を確認し、また、白石の足元にしゃがんだ。
「ちょっと、片足ずつあげてくれ。靴下も脱いでほしいから」
「はあ」
足を上げると、山中が片足ずつそっと靴下を脱がせた。裸足にブーツを合わせる。
サイドジッパーを上げないブーツから、白石のくるぶしの骨がのぞく。
山中は神経質に、ブーツのジッパーのあき具合を直した。
「――鎖骨、腰骨、くるぶし。あんたは骨が色っぽい」
「骨?」
山中は白石の身体の向きを斜めにすると、写真を撮りはじめる。
二人しかいない白い部屋に、カシャカシャっとシャッター音だけが落ちていく。
――切り取られる、と白石は思った。
シャッター音の一回一回に、自分が輪切りされている気がした。薄く薄くスライスされ、裏も表も見られる。
舐めるように、見られている。なんども、なんども――。
白石の息がひそかに上がる。
だが、大男はひたすらシャッターを切るだけ。
「あんたがモデルをするようになってから、俺のSNSは評判がいいぜ」
「……おれは、しろうとだ。何がいいんだろう」
「しろうとっぽい、ところがウケるんだ。見ている奴らは、これなら自分でも着こなせると思う。それで店に買いにくる」
白石はよせ続ける波に、足元を削り取られていくようだ。
山中はシャッターを止めない。
「大事なのは、客が店に来ることだ。俺は、店に来た客を手ぶらで返すことはしねえよ」
「たいした……自信だ」
「自信じゃねえ、実績だ」
ようやくデジカメから離れた山中は、にやりとした。
「俺はな、店に客が一歩入った瞬間にそいつが何を買いたいと思っているのか、それが本当に似合うのかどうかが分かるんだ。だから失敗がない」
「技術か」
「才能だよ。天から授かったギフトってやつだ」
山中は綿密にデータをチェックして、うなずいた。
「よし、今日はこれでいい。自分で着替えられるか」
「……デニムは脱がしてくれ。また転びたくない」
山中はすばやく白石の足元にしゃがみこんだ。190センチ以上ある巨体が、軽々と動いていく。
手ぎわよく白石の足からブーツを脱がし、デニムのパンツに手をかけて、ゆっくりと引き下ろす。片足ずつパンツを抜いてから、山中の動きがとまった。
「撮り直しか?」
山中は少しだけ、白石の右足を持ち上げた。
「ころぶなよ」
そう言うと、そっと白石の右足の親指に口づけた。
舌が、ゆっくりと白石の足の親指を舐めまわす。
爪の先、爪のあいだ、そして爪と肉のあいだ。
白石の皮膚が、欲情で濡れていく。
身体に、熱が這いあがっていくのが分かる。足の指先から送り込まれた劣情が、神経を走りのぼって白石の腰骨に当たる。
ひくん、と白石の腰が震えた。
骨と、筋肉と神経細胞が一気にめざめて、熱を持つ。
跳ね上がりそうになる身体を抑え込む。肩先にまで昇ってきた震えを、おさめようとする。しかし息が、先にこぼれた。
「……ふっ」
山中の舌が、熱を上げた気がする――。
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