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第19話 「最後の恋から。 逃げ出す方法」
(Ludovic CharletによるPixabayからの画像 )
白石は美貌の後輩の困惑を見て、笑った。
「俺の見たいと思っているものが、思いつかないか、井上?」
「お手上げです。おれは想像力が欠けているんですよ。なぞなぞはやめて、すぐに答えを教えてください、先輩」
白石はにやっと笑った。
「お前が、コルヌイエの“てっぺん”に立つところを、見たいんだ」
「てっぺん? ――屋上ですか」
白石は声を上げて笑い始めた。
「悪い、お前に想像力がないのを忘れていたよ」
「そう言ったでしょう!」
「いいか。俺はお前がこのコルヌイエホテルのオーナーになるところが見たいんだ。お前がここを、"井上清春の理想のホテル"にするところがみたい。
その時は、俺を思う存分に使え。未来のお前に使い倒されてもいいように、今、俺は自分を鍛えているんだ」
井上の切れ長の美しい目が、いっぱいまで見開かれた。
「……せんぱい」
「俺は本気だぞ。本気で“井上清春”っていう男に惚れこんでいるんだ。いつかお前の下で働きたい。
お前が、まったく新しいホテルを作り上げるときに、俺は一緒にいたいんだよ」
井上の端正な顔にすうっと血の気がのぼってきた。
いかなる時でも冷静かつ怜悧な仮面をはずしたことのない男が、端正な顔に驚きと誇りをみなぎらせるところを、白石は初めて見た。
男のプライドと充足感がきらめく艶となって、井上の美麗な顔を輝かせている。
やがて、井上が世にも美しい微笑とともに言った。
「まいったな、先輩。これほど熱烈な告白は、後にも先にも受けたことがありませんよ」
「そうか」
「おれ、同性から嫌われるタイプですから。そんな風に言われたのは初めてです」
「本気だぜ」
白石はそう言って、グッと井上の肩に乗せた手に力を込めた。
「俺は、俺の人生で一番きれいな夢をお前に賭けている。だから引き抜きだなんてバカなことは、もう考えるな」
「よかった……え、じゃあ、先輩が夜も眠れないほど悩んでいることって何なんですか」
あらためて、井上はそれが気になったようだ。追求しようと口を開きかけたところを、デスクで鳴り始めた内線電話に邪魔をされた。
「くそ、仕事だ。先輩、今日はもう問い詰めませんが、いつかちゃんと話してもらいますよ」
「わかったから、早く電話を取れ」
「おれは本気ですよ……はい、お疲れ様です、レセプションの井上です。はい、ああ、ではそちらにうかがいましょう」
くそ、ともう一回毒づいてから、井上は曲がってもいないネクタイを直して白石をふりかえった。
「ガーデン棟でトラブルです。オーバーブッキングのゲストをこっちに回そうとして、もめているみたいです。ちょっといってきます」
「おつかれさん、すまないな。俺は帰るよ」
「少し休んでくださいよ。明日の日勤は、おれがやりますから」
「ばか、お前こそ休め」
白石は笑ってバックルームを出た。
コルヌイエホテルの優美なロビーを抜けてスタッフエリアに入ってから、一人で笑う。
「くそ、ついに言わされちまった」
白石にとっては一世一代の告白だ。仕事にかこつけて、ついにはき出した井上への愛情だ。
これ以上、なにも言わない。
白石糺が仕事上で惚れた男は井上清春ただひとりだ。
そして一歩コルヌイエホテルを離れると、キスしかしたことのない男が白石の全身を支配している。
山中。
あの男は何なのだろう。
そして――白石はあの男から逃れられるのだろうか。
最後の恋から逃げ出す方法を、いま白石は必死で探している。
どうあっても、かなわぬ男に溺れかけている自分を、ののしりながら。
ああ一体。
俺の身体はどうなっている? ただもう無性に、あの男が欲しくてたまらない。
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