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第1話 イケメンは、深夜のホテル廊下にいる
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深夜のホテルには、魔物が住んでいる。
ベテランホテルマン、白石糺(しらいし ただす)はたった今、宿泊フロアの廊下で"魔物"と出会っていた。
深紅のカーペットにうずくまる、小山のような巨大な男だ。
「お客さま? いかがなさいましたか」
「んあ?」
ひくく、温かみのある男の声が聞こえた。深夜二時に、ホテル廊下にうずくまっているにもかかわらず、のんびりした声だ。
「あ、すまねえな。寝ちまったよ」
ぐぅわらりと小山が動いた。
大きな男だ。
白石も身長は170センチあるが、この男はさらに大きかった。190センチ以上だろう。
大きな男がすっくりと立ち上がっていた。
だが白石も、ホテルマンになって13年たつベテランだ。
いついかなる場合でも、ゲストに対しては冷静かつ温和な表情を保つことを叩き込まれてきた。だから温和な微笑のまま、“小山”を見上げた。
男の大きさを感じさせるのは身長だけではない。
広い肩まわり、がっちりと筋肉がついた上腕二頭筋。いつでも飛び出していけるような瞬発力を秘めた腰が、男を巨大な肉食獣のように見せていた。
圧倒的な存在感を、シックでセンスのいいシャツとパンツで包んでいる。
なによりも大男は、深夜2時のホテルの廊下で、パーティから抜け出してきたような陽気さを振りまいていた。
そして顔は――。
大きな目、ごついフェイスライン、ちょっとゆがんだ鼻。愛嬌のある顔が白石を見て笑った。
思わず一歩さがる。
白石の背筋に、すさまじい熱が駆け上がってきた。
「やばい……ジャストヒットだ」
おもわずつぶやいた。
温和な外見と堅実な仕事ぶりから、白石は『コルヌイエホテルの良心』と呼ばれている。
本人としては、ややくすぐったいニックネームだが、悪くはない。
そして白石は、みずから優等生であろうと必死に努力しつづけている。
なぜなら、白石は筋金入りのゲイだからだ。
ごくりと唾をのんだとき、大男が言った。
「あんた、このホテルの人か?」
ずざざっっと、全身から血の気が引く音を、白石は聞いた。
――そうだ、俺はホテルマンだ。それも生粋のコルヌイエマンだ。
ゲストに妄想を抱いている場合じゃない。
だが。しかし。そうはいっても。
これほど好みの男を見たのは、何年ぶりだろう。
ああくそ。食らいつきたい。
内心の動揺を押しかくし、白石は静かに言った。
「はい、このホテルのものです。なにかお手伝いいたしましょうか、お客さま」
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