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「いつ俺が、兄貴にそんなこと頼んだんだよ!いつ俺が―――」
零士は花束を抱きしめるように俯くと、
「……そんなことより俺は、ちゃんと説明してほしかったよ。
どうして家を出たのか。
離婚するのかしないのか。
なんで警察官になんかなったのか。
どうして俺なんかを助けてくれたのか。
親父も兄貴もどうして―――」
零士は顔を上げた。
「逮捕された時、俺を信じてくれたのか……!」
涙と鼻水で濡れた顔で、兄を睨む。
兄は無表情のままこちらを睨み上げていた。
「当たり前だろ」
そして低い声で言った。
「お前は人を陥れるほど、頭が良くないからな」
「―――はあ!?」
思わぬ返答に眉間に皺を寄せた零士を、壱道は笑った。
「これは俺も最近知ったんだが。俺の名前が壱なのに、なんで次男であるお前の名前が零なのか、わかるか?」
壱道は零士を覗き込んだ。
「俺たちのふざけた名前をつけた男は、こういう願いをかけたらしい。“行きつ戻りつ“」
「――んだよ、それ」
零士が首を捻ると、
「進んだり戻ったりを繰り返しながら、兄弟支え合って生きていけるように、だそうだ」
「…………」
「無償の奉仕だと思うな。借りは必ず返してもらう」
そう言いふっと笑うと、呆けた顔をしている零士から花束をぶんどり、愛華から丁寧にそれを受けとると、壱道は踵を返した。
カツンカツンカツン。
壱道の履いた革靴の音が会場に響き渡る。
彼は成瀬家のテーブルに座っていた洋子に、花束の1つを渡した。
そしてすぐさま踵を返すと、出入口付近に立っていた男の胸に少々乱暴に打ち付けた。
「―――親父……?」
呟いた零士に愛華が微笑む。
戸惑ったように花束を受け取った彼に、会場中から拍手が溢れた。
―――あの席。
零士はプレートのなかった席を振り返った。
親父の……?
零士は涙で潤んだ目で兄と、そして愛華を順に睨んだ。
「―――また俺に何も相談しないで決めやがる」
「まあまあ」
愛華が微笑む。
その笑顔に解され、零士も笑った。
会場の拍手は鳴りやまず、その音は、どんなコンサート会場で聞いた拍手より、身体が震えた。
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