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 小さな手を引いてもらい菩提樹の花の咲く庭でよく遊んだのはいくつの頃だったろう。  時折やってくる商人達の中に混ざり、後宮にやって来ては遊んでくれたのを覚えている。  遠くに行くからと、大鷲に乗って挨拶に来たときに必ず迎えに来ると約束をした。 「姫はまだ4、5歳くらいだったからな。忘れていても仕方ないだろう」  ちょっとだけ口をとがらせて眉を下げる。 「髪の色は赤かったか? もっと暗い色だった気がするが・・・」 「海の潮で焼けてこんな色になった」  長い前髪を引っ張り目の前に持ってくる。 「長いこと船で行き来を続けてたら、あっという間に日に焼けるし頭は赤くなるわで、そのせいで分かってもらえぬかと思ってがっかりしたぞ」 「すまぬ」 「しかも俺よりコイツの方が先に思い出して貰えるとか・・・」  隣で毛づくろいをする大鷲を眺めると、飼い主に向かって首を傾げて肩の羽根を膨らます。 「いや、同時に思い出したから! それは勘違いだ!」  慌てて取り繕う17番目の姫君である。 「伯母に頼まれてお前の御輿の後を追って付いて行っていたんだ。どうやら皇帝がお前と自分が血が繋がっていないのに感づいたらしい」 「え? 血の繋がりがないのか?」 「お前の母は後宮に連れ去られたとき既にお前を宿していた。伯母や側室達は秘密にしていたらしいがな。医官がボケたらしくてなあ。お前の出自を口にしたらしいんだが・・・ もっともボケた老人だから、皇帝も確証はないらしい。ただお前があまりにも母親に似ているのに気がついて嫁に出すのが惜しくなったのだろうと伯母は言っていた」 「そうか、父は亡国の王配の方だったか」 「俺は伯母に聞いてたから知ってたけどな」  そう言って姫は頭を撫でられた。
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