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 黒い頭巾の下で、男は目をパチクリさせていたが終いには、おかしくなったようでしだいに肩を震わせ始めた。 「ああ、可笑(おか)しいな。姫はそんなことに拗ねてるのか?」  握った拳を口元に当てると、咳払いをしながらそう言った。 「拗ねもする。誰も(わらわ)と口を利いてくれぬ。折角後宮から外に出る事が出来たのに、御輿に乗って好きに動けぬ上に好きなリュートとてろくに爪弾く暇もない。後宮で機織りや蚕の世話のほうが楽しかった」  更に口を尖らすと 「第一生まれ故郷を妾に戻すと言われても生まれたのは帝国の後宮内ぞ? 産みの母ならいざしらず、みたこともない土地に何の愛着もあるものか!」  相当おかんむりの17番目の姫君は 「母は好きでこの国に連れ去られてきたわけではなかろうが、一度も会うたことのない産みの母より、育ててくれた皇后陛下や側室様達が妾の母じゃ。血は水より濃いというが、妾はそうは思えぬのじゃ」  そう言い放つと肩をガックリと落として 「停戦の終結の引き合いに出されて迷惑じゃ」  ため息を付きながら寝台にひっくり返って足をばたつかせる。 「後宮に帰りたい!」  盗人は更に肩を震わせながらクツクツと笑い続けている。 「のうそなた、盗人なら妾を盗んでくれぬかえ? そうすればこんな面倒事からオサラバじゃ」  突拍子もない提案に揺れる肩が増々激しくなり、笑い声を抑えるために寝台の枕に顔を突っ伏す黒装束の男。 「のう、妾は本気なのだが・・・」  余りにも苦しそうにする男が心配になって、肩に手を置く姫であった。
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