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それは人気絶頂中アイドルのサイン会でのこと。
「これからも応援してます!」
「ありがとうございます!」
次から次へと来るファンの人達に握手を交わしていくアイドル。俺はまるきり興味ないが今日は友達の坂谷の付き添いで来たのだ。
それにしてもすごい人気だな。後ろを見ると行列がずらり。最後尾が見えないや。
「はい、次の方どうぞ」
お、俺らの番か。アイドルを前に坂谷が笑顔で握手を交わそうとする。
「あ、俺最近ファンになったんだけど、何か恥ずかしいな」
「まあ、ありがとうございます! って、あら?」
彼女の目の色が変わった。何だ?
「まあ! あなたはもしかして○△中学校の坂谷さんでは!?」
「え、ああ、そうだけど」
何だ何だ? 何でアイドルが坂谷のことを知ってるんだ?
「私、中学の後輩なんですよ!」
「あ、そうなんだ」
へえ、中学の後輩。それにしてもすごい興奮ぶりだな、このアイドル。
「私、坂谷先輩のファンだったんです!」
「へ? 俺のファン?」
「はい! もう入学してから先輩は私の憧れだったんです! ファンクラブの会長もやってたんですよ!」
「へー、ファンクラブなんてあったんだ……」
本人が知らないところでファンクラブとか作られてたんだな、こいつも結構な人気者だもんな、分かる気はするが。さすがに反応に困っている様子の坂谷。
「でも先輩が卒業されてからファンクラブも当然ながら解散してしまって……。まさかこんなところでお会いできるなんて! ああ、アイドルやっててよかった!」
今ものすごい衝撃発言しなかったか、この子。
「あの! 握手してもらってもいいですか!?」
「それを君が言うの?」
すげえ。アイドルがファンに握手求めてるよ。とりあえず坂谷は困惑の表情を浮かべながらもアイドルと握手した。
「ああ!! もう感激ですー! この日のこと一生忘れません!」
おいおい、それはファンの台詞じゃないか?
「あの、もう行った方がいいかな? 後ろ詰まってるみたいだし」
「あ、本当! うーん、でもでもこの機会逃すわけには……!」
完全に仕事そっちのけである。ファンの怒りの視線が坂谷に集中している。坂谷は視線の痛さに早々に去りたいようだが彼女がそうさせてくれない。
「あの、先輩! この場を借りて言わせてください!」
いや、何を言うんだよ。今握手会だろ。ファンの相手をしろよ。
「好きです! 付き合ってください!」
一瞬その場の空気が凍りついた。
ファンが大勢いる前で何言っちゃってんの。マネージャーらしき人も口をあわあわさせている。
でも、残念でした。
「あ、ごめん。俺、彼女いるんだ」
「え」
がーん、なんて音が聞こえてきそうな彼女を置いて俺たちはその場を後にしたのだった。
ちなみにこの後、彼女はしばらく恋愛禁止令が出されたのだという。
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