理不尽に耐えるのが大人なら、僕は大人になんかなりたくない

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理不尽に耐えるのが大人なら、僕は大人になんかなりたくない

 今日の天気は曇り。でも、今日は僕の大好きな特撮の新作グッズの発売日だから、僕の心は晴れ模様。ウキウキとしながら歩いていると、背後から「おい、メガネ」と人を小馬鹿にしたような声をかけられた。嫌々ながら振り返ると、思った通り、いつも僕に絡んでくる3人組がニヤニヤしながら立っていた。 「まだそんなの持ってんのかよ」  3人組のうちの1人である高橋が、僕のカバンにつけている特撮ヒーローのキーホルダーを指差すと、集団で笑い出した。 「別に、誰に迷惑もかけてないし。僕が何を好きだっていいじゃん」 「は? 俺たちはお前のためを思って言ってやってんの。いつまでもガキみてえな趣味しやがって」  これまた3人のうちの1人である翔太がそういうと、周囲でもくすくすと笑い声が聞こえた。 「確かに、高校生にもなって、ねえ」 「笑ったらダメだって」  嗜めるようなことを言った女子も、薄ら笑いを浮かべている。居た堪れなくなって、僕はくるりと学校へ向かって走り始める。せっかくいい気分だったのに台無しだ。大体、翔太はつい最近まで僕と一緒に特撮を楽しむ仲間だったのに。どうしてあんな風に変わってしまったのだろう。テレビの中のヒーローは何ひとつ変わっていないのに。でも、いいのだ。たとえ友人がいなくとも、僕にはヒーローがついているんだから。ぎゅっと大切なキーホルダーを握りしめ、あの3人組の嘲笑を背に、学校へ急いだ。  学校でも僕の居場所なんてない。別にこのヒーローが好きなのは僕だけではない、と思う。現にイラストサークルの女子たちが特撮の話をしているのは聞いたことがある。ただ、僕がそのコミュニティにうまく所属できなかっただけだ。 「ねえ、今夜の特番、Stars出るよ!」 「あんたの好きなアイドルだっけ?」 「そう! ねえ、一回見てみてよぅ」 「このグラビア、マジでよくね?」 「あー、腰がいい」 「そこ? 胸とかじゃねえの!?」 「今週の本誌見たー?」 「見た見た! 最新話最高だったね!」  クラスメイトたちの話し声がどこか遠くに聞こえる。僕が好きな物と他の皆が好きな物、一体何が違うというのだろうか。漫画だってアイドルだって、自分たちとは違う世界に生きている。むしろ特撮をちゃんとフィクションだと割り切っている僕はまだわきまえている方じゃないだろうか。そんなことを思っていると予鈴が鳴った。席についたまま深呼吸をする。大丈夫。放課後にはグッズをとりにいくんだから。だから今日もちゃんと乗り切れる。僕にはヒーローがついているんだから。その一心で、気の乗らない授業へと臨んだ。  ようやくやってきた放課後。家には鞄を置くためだけに帰って、すぐおもちゃ屋へ急いだ。 「隼人君、そんなに急がなくてもちゃんと予約分はとってあるよ」  息を切らせながらたどり着いたおもちゃ屋で、僕のことをよく知った店長はそう言って笑った。僕もつられて口角が上がる。学校では見せることのない表情だ。 「今日一日中そわそわしてましたよ。早く欲しかったから」 「焦らなくても、ほら。4800円ね」  そう言って店長が出してきてくれたのは、僕が一日ずっと恋い焦がれていた大好きなヒーローの変身アイテムだった。財布から急いで5000円札を取り出す。早く自分の物にしたい。その急いた気持ちが伝わったのか、店長は苦笑しながら変身アイテムが入った箱とおつりの200円を差し出した。 「ハヤトくん、またなんか買ったの?」 「あ、それ変身フォンじゃん! いいなー!」 「いいだろー。ちゃんとお小遣い貯めてあったからな」  わらわらと集まってきた顔馴染みの小学生たちに、箱を自慢げに見せつける。僕はコミュニケーション能力がないわけじゃない。だって、小学生たち相手だとこんなに饒舌に喋れるのだ。それなのに学校ではなぜかうまくいかない。 「僕にもみせて!」 「いいよー。あれ、初めての子だね?」  にこにことしながら立っていたのは、見たことがない男の子だった。小学校低学年くらいだろうか。 「あれ、みく、今日兄ちゃんと遊ぶって言ってたじゃん」 「うん、兄ちゃんが連れてきてくれたんだ!」  どうやら小学生同士は知り合いらしい。しかし周囲に兄らしき人物は見当たらない。思わず店長と顔を見合わせる。迷子かもしれない。 「お兄さんと来たの?」 「うん! そうだよ!」 「えーっと……お兄さんは今どこにいるのかな」 「あれ……あれ? 兄ちゃん迷子になっちゃったのかな」  迷子は君では? そう言いたい気持ちを抑えながら「そうかもしれないねー」と兄とはぐれて少し不安そうにしていたみくくんを安心させる意味を込めて微笑んだ。店長はインカムでどこかに連絡を取っている。おそらくショッピングモールの迷子センターか何かだろう。 「未来!」  突如、大きな声がした。振り返らなくても分かる。この声の主のことはよく知っている。いや、知っていると思っていた。実際のところは分からないけれども。 「未来、1人でどっか行ったらダメだろ」 「ごめんなさい……」 「……翔太、お前の弟だったのか」  今まで弟のことしか見えていなかったのだろう。翔太は声をかけられて初めて僕の存在に気づいたようだった。バッとこちらを見て、そして僕が持っているグッズを見て馬鹿にしたように笑う。 「へえ、なんかソワソワしてると思ってたけど、それを楽しみにしてたわけだ」 「別に何楽しみにしてたっていいだろ」 「お前はいいよな、気楽で」  「気楽」、その言葉にカッと頭に血が上る。なにが気楽なものか。誰のせいで僕が学校であんなに嫌な思いをしてると思っているんだ。  小学生たちにもどこか雰囲気が悪くなったのが分かったのだろう。そろそろと後ずさっていき、気づけば誰もいなくなっていた。残っているのは俺と翔太、そして少し離れたところに店長。店長は何かを察したのか、未来君を連れて席を外してくれたようだ。 「翔太最近変だよ。前は、そんなんじゃなかったじゃん」 「お前がいつまでもガキなだけだろ」 「特撮好きじゃなくなったんならそれでいいけど、翔太は人が好きな物をそんなふうに言う奴じゃなかった」  僕がそう言うと、翔太は目を見開いて押し黙った。怒っているように見えたが、本当に怒りたいのは僕の方じゃないだろうか。そんなことを思っていると、翔太は急に声を荒げた。 「いい加減うぜえよ。分からねえの? お前みたいにずっとヒーロー追いかけられるくらい暇な奴ばっかじゃねえんだ」  高校に入ってから翔太は確かに忙しそうにしていた。委員会活動にも積極的だったし、部活もハンドボールを始めて楽しそうにしていた。しかしそれがなんだって言うんだ。 「周り見てみろよ。自分より小さい小学生に囲まれていい気になって。お前、このままだとずっと1人だけの世界に置き去りにされてくからな。未来! いくぞ!」  そんな捨て台詞を吐いて、翔太は未来君を引っ張ってどこかへ行ってしまった。去り際の翔太の言葉が僕に重くのしかかる。「1人」、確かにそうだ。ここのところずっと同級生とまともに会話をしていない。家族以外とは、おもちゃ屋で店長や小学生と話すくらいだ。いや、僕にはここの人たちがいる。だから1人なんて言われる筋合いはない。 「翔太君の世界は広くなったんだね」 「店長?」 「交友関係が変わったんだろう? 隼人君とあんなに仲がよかったのに、きつい言葉を投げかけてきてたし」 「……はい。最近仲良くなった2人と一緒に僕のことをからかってくるんです」 「今は新しいお友達に影響されてるんだろうね。人にはそれぞれの価値観があることに翔太君がちゃんと気づければ、きっとまた友人に戻れるよ」  店長は優しい言葉をかけてくれたが、どこか空虚に感じられた。だって、翔太が前みたいに僕に接してきたとしても、僕が翔太に抱く感情はきっと以前の物と同じではない。元通りなんて決して戻れないのだ。 「まあ、なんだ。何かつらいことがあったら、いつでも来てくれればいいよ。ここでみんなで待ってるからね」 「ありがとうございます」  みんな、というのはきっと店長と小学生たちのことだろう。先ほどの翔太の言葉を思い出して嫌な気分になる。いいじゃないか、年齢が違っても。友人には違いないのだから。 「ハヤトくん大丈夫?」 「……大丈夫。大丈夫だよ。でも僕、もう帰るね」 「気をつけてねー」 「うん、みんなも気をつけてね」  小学生たちはみんな優しい。でもその優しさを素直に受け取れない自分がいた。だって僕は年上なのに、こんなに弱くてどうするんだ。  家に帰って、無意識のうちにテレビをつけて録画を再生する。ぼーっと画面を眺めながら、翔太の言葉を反芻する。「いつまでもガキ」だなんて。人が好きなものを貶す方がよっぽど子どもじゃないか。けどそんなことを思ったって、僕はそんな子どもの中で生活していかなければならないのだから、気分は晴れない。大好きな、ずっと欲しかったヒーローの変身アイテムを手にしたというのに。楽しかったのが台無しだ。  だって、確かにヒーローは好きだが、翔太のことだって大好きだったのだ。大切な友人から浴びせられた言葉は僕の心を抉った。それに思い当たることがないでもない。最近めっきり歳の近い人間と会話をしていない。小学生に混じってヒーローを追いかけている僕は、果たして人と年相応に健全な関係を築けているといえるのだろうか。 「隼人。帰ってるなら、ちゃんと鞄は部屋にしまいなさい」 「あ、お母さん……うん、そうする。ごめんなさい」  母は僕の鞄を見て、テレビの画面を見、そして変身アイテムの入った箱に視線を移した。 「またそんなのばっかり見て。それに何、それは。また何か買ったの?」 「別に、僕のお小遣いで何買ったっていいじゃん」 「ちゃんと勉強はしてるの? 部活、入らないの? 翔太くんはハンドボールを始めたんでしょう?」 「翔太のことは、関係ないじゃん!」  僕の悩みの大部分を占めているやつの名前を出されて、思わず声を荒げる。母は突然の僕の大声に驚いたようだったが、すぐに厳しい表情を浮かべた。 「いきなり大きな声出さないの。あなた、最近少し変よ」 「そんなことないよ……僕、部屋に鞄置いてくるね」  鞄と箱を手にとり、リビングのドアへ向かう。母のため息が背中を追いかけてきたが、足を止める気にはならなかった。 「そろそろ、こういうのも卒業しないとね」  母が小さく呟いた言葉にちゃんと反論すればよかった。今更後悔しても遅いのだけれど。
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