霧島 雫と村沢 宗士

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霧島 雫と村沢 宗士

「…何で後ろ歩くの宗ちゃん」 「これは斜め後ろ、真後ろでは無い、ですよ」 宗ちゃんは、いつの間にか背が高くなった。 前は私の方が高かったのに。 「後ろは後ろでしょ!」 「前を見て、転びますよ…雫さん」 そして、昨日から幼なじみでは無くなった。 同じマンションで育った私達、私の方が3ヶ月年下。 いつも一緒だった。 初めてのプールも、あの庭園で二人で入った。 しーちゃんから雫ちゃんになって、雫になって。 昨日、雫さんになった。 「…家、帰るから」 「はい」 高校も、大学も一緒だった。 気づけば隣に居て、困ったら呆れた顔で手を差し伸べてくれる。 私の幼馴染。 私は取らせてもらえなかった免許も、宗ちゃんは取って。 私に出来ない事が出来るようになった。 大学卒業と共に私は在宅でアクセサリーの販売を始めた。 特殊な家庭に生まれた事に後悔は無いけれど、就職するのは怖かった。 少し踏み入って調べればわかる、家庭の事情。 小さな頃からお母さんとハンドメイドを趣味にしていて助かった。 在籍中から始めたネット販売は、そこそこ軌道に乗ったから、実家で過ごすには困らないほどの収入はある。 「宗ちゃん、車関係の仕事するんじゃ無かったの?」 ゆっくり走り出した車、いつもとは違って私を後部座席に座らせた宗ちゃんは、少し間を空けて答えた。 「…車いじりは…どこでも出来ます」 何で、そんな他人行儀に話すの。 …本当はわかってる。 私はお父さんの娘で…宗ちゃんはその右腕の息子。 家で過ごす事を決めた私は、いつかお父さんの娘として組に関わるかもしれない。 宗ちゃんは村沢さんの部下として組に入ったのだ。 私達の間に、上下関係が生まれてしまった。 ねぇ、宗ちゃん…寂しいよ。 …私が勇気をだして、気持ちを伝えてたら違ってた? そしたら、私達はずっとあのままでいられたのかな。 「明日から外出の際はお申し付けください、村沢 宗士(むらさわ そうし)です」 そう言って、宗ちゃんは見たことも無いスーツ姿で頭を下げた。 昨日のあの顔を、私は忘れたらいけないのだ。
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