霧島 雫と村沢 宗士

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宗ちゃんは、昔から私に優しい。 おやつは絶対先に選ばせてくれた。 階段も絶対、後ろから登ってくれた。 なんだって、レディファースト。 馬鹿だな、下手くそだなって、呆れた顔をしながら…何でも教えてくれた。 危険があるかもしれない日常。 宗ちゃんは小さな頃から、色々な習い事をこなしてた。 合気道は村沢さんが、剣道は立原さんが…知らないうちに強くなってた。 だから私は安心だった。 ショッピングも映画も、女友達と行くより宗ちゃんと行く方が多かった。 隣に宗ちゃんが居てくれたら、何も心配要らないって思ってた。 …でもね、こんな風に傍にいて欲しいなんて思った事は無かったよ、宗ちゃん。 「…ねぇ、宗ちゃん」 「…はい」 返事はいつも「なに?」だったじゃない。 「…コロッケ食べたい」 「…大学のそばの、あれですか?」 二人でよく、一つずつ買って駅まで歩いて帰った。 「うん」 「わかりました」 またかよって、太るぞって…ため息ついてよ。 何で宗ちゃんなの? 他の人が良かった。 毎日、これからずっと、もう前とは違うって感じながら過ごすの? 「…やっぱり、いらない」 「…そうですか、ではこのまま家に」 どっちなんだって、おでこをぺちってしないんだ。 泣きそうになる顔をうつ向けて、息をつめた。 その夜、食事の時間、いつもどうりゆっくりきんぴらを食べるお父さんに、私は切り出した。 「お父さん、何で宗ちゃんなの?」 「…なんだ、あいつじゃ不満か?」 「そうじゃ…ないよ」 お父さんは箸を置いて、お母さんが注いだビールのグラスを傾ける。 娘の私から見ても、カッコイイと思う。 だけど、何を考えてるのかわかりにくい人なのだ。 「歳も同じ、顔も見知ってる…知らねぇオヤジをあてがうより…お前が楽だと思ったが」 「…宗ちゃん、いつもと違うんだもん」 「そりゃそうだろう…同じじゃ示しがつかねぇ」 だからだよ、だから嫌なの。 「雫、他の人に変えてもらう?」 あまりお父さんの仕事の事に口を出さないお母さんが、少し困った顔で微笑んだ。 お母さんはきっと、私が宗ちゃんを好きな事気づいてるから。 「…いや、適役がいねぇ…あれは腕がたつし、頭もきれる」 「私、そんなに危険じゃないでしょ」 お父さんが少し首を傾げた。 「…お前は俺の娘だ…狙われる理由は一つじゃねぇ…変な男に狙われる可能性もある…ガキの頃とは違うぞ」 お父さんの娘として、利用価値がある年齢になったと言う事だ。 わかっていても、現実味は無い。 でも、家を離れて暮らす事を選ばなかった私には、それは受け入れないといけない危険なのだ。 「…それに、お前に付くのを誰にするかって話で、手を挙げたのは宗士だ」 命じられたのでは無い、宗ちゃんが選んだ。 その言葉は、酷く私を傷つけた。
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