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そうか、宗ちゃんは自分で選んだんだ。
小さな頃からの私達の関係を、自分で望んで変えてしまった。
宗ちゃんは賢いから、私よりずっと賢いから。
こんな風に日常が変わっていく事をちゃんとわかって居たはずなのに。
あの楽しかった思い出も全部、もうお終いにしてしまえたんだ。
…楽しかったのは、私だけだったのかな。
本当は、ドン臭くておっちょこちょいで、いつも助けて貰ってた私が…嫌だったのかな。
その夜、泣いて泣いて…私は変わることにした。
宗ちゃんが好きだと言う気持ちまでは変えてしまえなかったけど、宗ちゃんが望むなら。
ちゃんと宗ちゃんの護るべき、お父さんの娘になる。
それで宗ちゃんが隣ではなくても、後ろを歩いて傍に居てくれるなら。
翌朝は寝坊した振りをして、お昼過ぎまで部屋で腫れた瞼を冷やして過ごした。
出掛ける時以外は、誰に連絡する義務もない。
いつまで経っても子供だなと、いつか笑われたメイクも、本当はやり方を知っているんだよ。
子供だって笑った宗ちゃんの顔が優しかったから、そのままで居たかっただけなんだ。
もう変わる。
宗ちゃんが護っているのに相応しい、大人の女性になる。
瞼の晴れが引いた後、また泣きそうになる自分を叱りながら、長い時間をかけてメイクをした。
しっかりアイラインも入れて、大人色を瞼に乗せた。
落ち着いたチークと、ヌーディな口紅。
いつもは高い位置でお団子にしていた髪も、下ろして巻き直した。
…出来た。
お母さん譲りの顔は、随分大人びて鏡の前に座っていた。
動きやすさと、カジュアル重視の服ももう着ない。
少し前にお母さんのオススメで買った身体のラインが出るニットワンピは、絶対自分じゃ選ばないVネックの黒一色。
それに、ハイヒールを合わせて鏡の前で表情を引き締めた。
(うん…大人に見える)
そして、宗ちゃんにメッセージを送った。
「買い物に行きたいので、お願いします」
馬鹿みたいに打ち込まれた絵文字と、お気楽な文字の一番下に、簡素な一文が添えられて。
ここからが始まりって目印になった。
玄関で携帯と財布しか入らない機能的じゃないバックを持って、隣から出てくる足音を聞いていた。
チャイムは鳴らなかった。
いつもみたいに、チャイムとノックを同時に響かせて
『遅いぞ』って言わない。
だから深呼吸をして、ゆっくり鍵を開けた。
「待たせてごめんなさい、宗士さん」
宗ちゃんは、目を見開いて…ぐっと喉をつめて。
それから目を伏せて少し、頭を下げた。
「洋服を買いにいきたいの、車…出してもらえますか?」
「…はい」
もう宗ちゃんが歩き出すのを待ったりしない。
宗ちゃんは後ろをついてくるんだから。
ヒールの音を鳴らして、私は歩き出した。
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