霧島 雫と村沢 宗士

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いつもなら、見てみて宗ちゃん!って腕を掴むのに、宗ちゃんの腕は掴めない。 私は黙って歩いた。 オシャレな街並みも全然ワクワクしない。 お母さんと歩く時みたいに、今まで感じなかった視線を感じて…居心地が悪かった。 宗ちゃんが笑ってくれないオシャレの為に、 適当な店に入ろうと足を止めた。 「入り口で待ちます」 「…はい」 宗ちゃんを付き合わせてゲンナリさせた買い物も、もうする事は無い。 ひとつひとつ、現実を確かめているみたいだ。 「…あの、適当にコーディネート、お願いします」 店員さんを捕まえて、着回しの効く服を何枚か買った。 今の私に合わせた、シックな色合いを選んでくれたけど、全然ときめかない。 大きな紙袋を下げて店を出ると、宗ちゃんはまた後ろを着いてくる。 …今度からネットで買おう。 思ったよりしんどい。 ヒールも疲れるし、視線も鬱陶しいし。 「お姉さんカットモデルとか興味ありませんか?」 歩道の端に立っていた男の人が、すっと私の前に立った。 「…はい?」 「凄く綺麗だし、髪質も素晴らしい!どう?」 どうもこうも無い。 元々お団子にして終わりだったし、今髪の毛をいじる気力も無い。 「予定があるので…」 「じゃあ、連絡ちょうだい?いつでもいいから!」 胸ポケットから名刺を出して、男の人が私に差し出した。 受け取ろうと手を伸ばすより先に、後ろから伸びた宗ちゃんの手がそれを受け取った。 「…こちらは私が受け取らせて頂きます」 低い声がそう言って、そっと背中に手を添えられた。 「行きましょう、雫さん」 「わぉっ、お兄さんもイケメン!一緒にどう?」 「…遠慮します、急ぎますので道を開けてください」 トンと押されて歩き出す。 連絡してねー!とのんきな声を背中に聞いて、さっと離れた宗ちゃんの手。 背中に残った温度が、胸を締め付けて苦しい。 「今後、声をかけられても反応しないで下さい」 淡々とした声は、手間を取らせるなと言ってるみたいに聞こえて、私は小さく頷いた。 「次はどちらに?」 「………」 「雫さん?」 駄目だ。 「疲れたので、今日はもう帰ります」 ボロが出てしまう。 悲しい。寂しい。 宗ちゃんは黙って、すっと私の前に出た。 私は踵を返して元来た道を戻る。 手を振る男の人を見ない振りをして通り過ぎた。 沈んでいく気持ちを奮い立たせて歩きながら、明日が全然楽しみじゃなくて。 宗ちゃんが宗ちゃんじゃない明日が、とても億劫な自分がおかしかった。 「宗士さん」 「…はい」 足を止めて振り返った。 「…私、数日は部屋で仕事に集中するので…出掛ける事は無いと思います」 「はい」 これで最後だと、言い聞かせた。 「だから、ゆっくりしてね…あの漫画新刊出るって言ってたよ?…宗ちゃん」 笑った私。 宗ちゃんは、ゆっくり瞬きをして。 バイバイの気持ちを込めた笑顔に、目を細めて。 「ああ…そうする…熱中してそのまま寝るなよ」 と、少しだけ笑った。 宗ちゃんが宗ちゃんとして、私に微笑んでくれた。 何でもわかってしまう宗ちゃんが、ちゃんと私の気持ちを汲み取ってくれた合図。 涙がこぼれる前に前を向いて歩き出した。 私が宗ちゃんに笑いかけなくなった、瞬間だった。
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