新しい私

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新しい私

綺麗さっぱり宗ちゃんを忘れる、なんて事は言えない。 だけど、私が上手くお父さんの娘で居られたなら、宗ちゃんは私の近くに居てくれる。 本当はずっと、宗ちゃんの隣に居たかった。 いつかは…もう少し大人になったら。 …次の誕生日には。 なんて、宗ちゃんに特別な好きを届けるのを躊躇していた自分のせいで今がある。 居心地のいい特別から、抜け出すのを恐れた子供な自分のせいだ。 でも、宗ちゃんだって悪いと思う。 隣に居てくれるのを当たり前だと思う位には、私を甘やかしたんだから。 「宗士さん、ありがとうございました」 家のドアの前でそう言って頭を下げた私。 宗ちゃんは「いえ」と小さく頭を下げた。 子供の頃はよく、遊んだ帰りにいっせーので家のドアを開けてばいばいしたけど、今日は先にドアを開けた。 じゃないと宗ちゃんはドアを開けられないから。 いっせーので、ばいばい。 また明日。 いつも部屋の前で待ってくれた宗ちゃんはもう居ない。 そっとドアを閉めて、歩き疲れた慣れないヒールから足を抜く。 私の部屋は昔ゲストルームだった玄関のすぐ側。 その壁を隔てた向こうが宗ちゃんの部屋だ。 よく眠る前、コンコンコンて壁を叩いた。 宗ちゃんはベットに乗っかったまま、壁にもたれて本を読むのを知ってたから。 分厚い壁でも静かなら聞こえるそれに、コンコンて返事が返ってくるのを確かめて、眠るのが習慣だった。 小さな頃からのおやすみの合図。 私の4回ノックに、宗ちゃんの5回。 喧嘩をしても、それが返って来たら安心したな。 おやすみの4回に、何で5回なのって聞いたら。 「はやくねろ」 って意味だって、宗ちゃんは笑った。 膨れた私の頬を抓って笑う、その笑顔が大好きだって思ったよ。 …いまだって、大好き。 ちっともしっくり来ない服を脱いで、ベットに倒れ込む。 もう壁をノックなんてしない。 私に何が出来るだろう。 ここに居る事で、宗ちゃんは私を護る事を仕事にした。 それなら私は、ただの私じゃない。 組の力を借りるなら、組の為にならなきゃいけない。 今まで、まったくと言っていいほど関わって来なかった。 お母さんは時々、お父さんと一緒に会食なんかに顔を出して居たけれど。 もうクセみたいに宗ちゃんに相談したくなって苦笑い。 ちゃんと考えなきゃ。 もう、宗ちゃんに助けてもらったらダメなんだから。
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