959人が本棚に入れています
本棚に追加
その晩、お父さんがお風呂に入ったのを確認して、キッチンのお母さんの横に立った。
「何か手伝うよ」
「あ、助かる…レタス盛り付けてくれる?」
「うん」
今日のメニューは照り焼きチキンだ。
そしてもれなく…キンピラ。
「ねぇお母さん…」
「うん?」
「何で毎日キンピラ作るの?」
お父さんは毎日欠かさず食べるんだけど、もしかしたら飽きてるんじゃないの?
「ふふ…お父さんが好きだから」
お母さんは若い。
40代後半に差しかかるのに、まだナンパされる位に。
その好きは、お父さんがキンピラを好きなのか、お母さんがお父さんを好きなのかどっちだろう。
「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「私、何をしたらいいのかな?」
照り焼きチキンを食べやすいサイズに切り分けていた手を止めて、お母さんがくりんとした目で私を見つめた。
「…宗ちゃんの前をどんな私で歩けばいいのかな?」
お母さんは、ふわりと笑った。
「お母さんも、悩んだよ…そうね…雫がお腹に入る少し前に…ほら、お母さんお父さんのお嫁さんとしての知識、何も無かったから」
母親というより、女友達みたいに話すお母さんは、昔から決定権は私にくれる。
こうしなさいなんて、言われた事は無かった。
「…雫が思う様にすればいいと思うよ?…雫はどうしたい?」
どうしたい?…組に関わりたいって気持ちは無い。
だけど…。
「宗ちゃんと一緒に居たい」
お母さんは、少し切ない目をして…でも優しい声で答えてくれた。
「じゃあ…頑張らなきゃね…ここを離れて行けるのは雫だけだから…宗士君はそうじゃないでしょう?」
それがわからないの。
どうして選べたのに、ここを選んだのか。
宗ちゃんなら、どこでも生きれた。
頭も精神力も、私なんか手の届かない人なのに。
「…忘れちゃいけないのはね、ひとつだけ」
レタスの上に綺麗にチキンを盛りつける横顔が優しく微笑む。
「迷ったり、悲しくなっても…何で自分がここに居るのかを忘れなければ大丈夫…お母さんは他の何よりお父さんが大好きだから頑張れたのよ」
やっぱり、お母さんがキンピラを作るのは…お母さんがお父さんを好きだから…なのだ。
「…うん」
「背筋を伸ばして、私は宗士君に護られる価値がある女の子なのよって、胸を張りなさい」
今は強がりでも、いつか本当にそうなれる様に。
「うふふ…お母さんこんなだけど、お父さんが横に居ていいって言ってくれる間は…そこら辺には居ない位、いいオンナでしょ?って顔し続けるわよ?」
凄く可愛い顔をしてお母さんが笑う。
「だって、お父さんが…誉さんが一番かっこいいもの。その奥さんなんだから」
私の気持ちをわかって、それでも深くは聞かないでいてくれる。
ペロリと小さく舌をだして、おどけるお母さんは…本当にそこら辺には居ない、いいオンナだと思った。
…一番かっこいいのは、宗ちゃんだけど。
最初のコメントを投稿しよう!