新しい私

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その晩、お父さんがお風呂に入ったのを確認して、キッチンのお母さんの横に立った。 「何か手伝うよ」 「あ、助かる…レタス盛り付けてくれる?」 「うん」 今日のメニューは照り焼きチキンだ。 そしてもれなく…キンピラ。 「ねぇお母さん…」 「うん?」 「何で毎日キンピラ作るの?」 お父さんは毎日欠かさず食べるんだけど、もしかしたら飽きてるんじゃないの? 「ふふ…お父さんが好きだから」 お母さんは若い。 40代後半に差しかかるのに、まだナンパされる位に。 その好きは、お父さんがキンピラを好きなのか、お母さんがお父さんを好きなのかどっちだろう。 「ねぇ、お母さん」 「ん?」 「私、何をしたらいいのかな?」 照り焼きチキンを食べやすいサイズに切り分けていた手を止めて、お母さんがくりんとした目で私を見つめた。 「…宗ちゃんの前をどんな私で歩けばいいのかな?」 お母さんは、ふわりと笑った。 「お母さんも、悩んだよ…そうね…雫がお腹に入る少し前に…ほら、お母さんお父さんのお嫁さんとしての知識、何も無かったから」 母親というより、女友達みたいに話すお母さんは、昔から決定権は私にくれる。 こうしなさいなんて、言われた事は無かった。 「…雫が思う様にすればいいと思うよ?…雫はどうしたい?」 どうしたい?…組に関わりたいって気持ちは無い。 だけど…。 「宗ちゃんと一緒に居たい」 お母さんは、少し切ない目をして…でも優しい声で答えてくれた。 「じゃあ…頑張らなきゃね…ここを離れて行けるのは雫だけだから…宗士君はそうじゃないでしょう?」 それがわからないの。 どうして選べたのに、ここを選んだのか。 宗ちゃんなら、どこでも生きれた。 頭も精神力も、私なんか手の届かない人なのに。 「…忘れちゃいけないのはね、ひとつだけ」 レタスの上に綺麗にチキンを盛りつける横顔が優しく微笑む。 「迷ったり、悲しくなっても…何で自分がここに居るのかを忘れなければ大丈夫…お母さんは他の何よりお父さんが大好きだから頑張れたのよ」 やっぱり、お母さんがキンピラを作るのは…お母さんがお父さんを好きだから…なのだ。 「…うん」 「背筋を伸ばして、私は宗士君に護られる価値がある女の子なのよって、胸を張りなさい」 今は強がりでも、いつか本当にそうなれる様に。 「うふふ…お母さんこんなだけど、お父さんが横に居ていいって言ってくれる間は…そこら辺には居ない位、いいオンナでしょ?って顔し続けるわよ?」 凄く可愛い顔をしてお母さんが笑う。 「だって、お父さんが…誉さんが一番かっこいいもの。その奥さんなんだから」 私の気持ちをわかって、それでも深くは聞かないでいてくれる。 ペロリと小さく舌をだして、おどけるお母さんは…本当にそこら辺には居ない、いいオンナだと思った。 …一番かっこいいのは、宗ちゃんだけど。
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