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夕食の時にのんびり話す、柔らかな声で宗ちゃんは話しながら、私の傷に薬を塗り、湿布を貼っていく。
「…ほんとならさ、今日晩飯外に食べに行こうと思ってたんだ」
手当を終えると、宗ちゃんは私を足の間に囲って羽で覆うみたいに優しく抱き締めた。
「何が食べたかったの?」
ほっとして、温かくて…半分目を閉じながら聞き返す。
「ん?…そうだな…イタリアン?」
「えー…?何宗ちゃん、珍しいねぇ」
このまま眠ってしまいたくなる居心地の良さで、宗ちゃんの背中に腕をまわしてため息をつく。
美咲さんが欲しかったのは、もしかしたらこんな時間だったのかな。
「どっかさ、俺達には不釣り合いな高い店で飯食って…薔薇の花束なんか用意してさ…」
「えー?なぁに?」
くすくす笑う私の頬に宗ちゃんの唇が押し付けられて。
スレスレの所で囁いた。
「結婚してって、言いたかったんだ…今日」
「…え?」
瞼を開けて目を合わせた宗ちゃんは、凄く静かな瞳で私を見ていた。
「…早すぎると思うか?」
私の答えがYESでもNOでも、どっちでもきっと微笑むんだろう。
何となくそう思った。
「…ガキの頃から、ずっと雫だけだった…今も変わらないし…これからも変わらない」
淡い茶色の瞳が…急かさず、私の目を見つめている。
「そりゃあ正直…俺は組長より、参謀タイプだと思う…親父の息子だからな」
苦笑いを浮かべた唇が一度、それを誤魔化すみたいに私の唇を啄んだ。
「それでも…雫が居るなら…俺はそれになるよ…間違えない…はったりを重ねて…霧島さんから吸収して、どうあれば正解かを、絶対見つける」
貼ったばかりの湿布の上を、優しく手のひらで包んで、宗ちゃんは瞬きをした。
「雫を護る事に、一番近い場所に居たい…今日みたいに、止まれって言われて逆らえない立ち位置なんてクソ喰らえだ」
悔しかったと。
合わさった目が言っていた。
「…霧島さんの娘じゃなく、俺の嫁として…文句を言われない立場で護らせて欲しい…俺も…お前の男として…お前に独占されたい」
迷って、悩んで遠ざけていた答えを…宗ちゃんが望んでくれていた。
「雫…しぃ…俺と結婚してくれ」
大きく頷いた。
ありがとう、嬉しい、もちろん…そのどれもを口に出せずに抱きついた。
これからが少し怖くて、でも宗ちゃんと一緒に強くなりたい。
「よろしく、お願いします…っ」
それだけ言えた私に、宗ちゃんは小さく息を吐いた。
「もう、こんな怪我…させないから…」
「…うん」
宗ちゃんの買い物は、ハートにカットされたダイヤモンドの指輪だった。
最近背伸びして大人っぽい物だけを選んで身につけていた私が、本当は大好きな…可愛らしいデザイン。
頼んでくれていた指輪を受け取りに行ってくれていたのだ。
本当の私を宗ちゃんは知ってる。
こうして、虚勢を張って頑張る宗ちゃんを私も知っている。
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