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する、とスリッパがフローリングを滑る音。
キッチンを通り過ぎてリビングに向かうお父さんがすぐ近くを通る。
顔を向けて見た横顔は、あ、聞いてたなと思う無表情で。
すぐ近くで始まった足音が、お父さんが話しが終わるのを待っていてくれたんだとわかった。
…どう、思ったかな。
「お父さん、お母さんっていい女?」
照れ隠しと、その場をやり過ごしたい私の冗談混じりの問いかけ。
お父さんはリビングスペースに入った所で足を止めた。
ゆっくりこちらに顔を向けて、唇の端をあげる。
「…ネンネのお前じゃ歯も立たねぇな…俺のオンナだ、聞くまでもねぇだろ」
娘になんて事言うのよこの人は!
無駄に色気を振りまくお父さんに抗議の視線を向けたら…お父さんは私から隣のお母さんに視線を移して…ふ、と笑ってソファーに歩いて行く。
ん?
お母さんに顔を向けたら…ぽっと頬を染めて俯く乙女を見た。
…うん、ご馳走さま。
心意気はわかっても、実際どうすればいいのか。
わからないまま、消化不良でついた食卓。
特別な意味があったのだとわかったキンピラを食べながら、お父さんがボソリと呟いた。
「雫、今週末何か予定があるか?」
「?…ないよ?」
お父さんが箸を止めて、お母さんを見た。
「明日、適当な服と諸々…準備してやってくれ」
「はい」
なんの事かわからない私とは逆に、お母さんは微笑んで返事をして。
二人の顔を交互に見る私に、お父さんが言った。
「身内の集まりがある…宗士の顔見せがてら連れて行こうと思ってたが…あいつ単体で連れていくには下のもんの手前もあった…お前にその気があるなら手を貸してくれ」
組に入ったばかりの宗ちゃんをいきなり連れていくのは、長年組にいる人達に波風が立つ。
村沢さんの息子だからと、特別扱いをされていると。
「…お前のお付として連れていく…"お前の顔見せのついでに"…だ」
今まで、お父さんの娘としてそういった場所に出向いた事は無かった。
それは私がここを離れて生きていく可能性を潰さないためだと、わかっていた。
さっきの話しで、お父さんは私の気持ちを汲み取ってくれたのだ。
…そして、私は宗ちゃんの役に立てる。
「はいっ」
大きく頷いた私に、お父さんは言った。
「…お前も、腹をくくれ…ここの女として生きてくのは楽じゃねえぞ」
思い直して別の場所で生きろと言わない。
それはお父さんが、私の意志を尊重してくれたと言う事。
私はしっかりと頷いた。
お父さんの娘としても恥ずかしい事は出来ない。
そう心に誓った。
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