Mid[K]night

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「また話題になってますよ“真夜中の騎士”」  騎士団詰め所で職業騎士の若い女が呆れたように言う。  ソファで仮眠していた細身の中年男はのそりと起き上がって溜息を吐いた。 「ほんとかい? やれやれ。女の子はみんなお喋りだなあ……ま、名前を広めてくれるのはありがたいけどね」  しょぼくれた貧相な、と言ってもよさそうな男は傍のテーブルに置いてあった眼鏡をかけて、同様に置きっぱなしのカップに入っていた冷めたコーヒーを流し込む。 「もう名乗り出たらいいじゃないですか。そもそも正規の仕事なんですし」  男は領に所属する職業騎士ではあったが、活動は夜間が中心で名前も顔も隠している。 「柄じゃないよ。名声は君たち若者が陽の当たる場所で受ければいいんだ」 「じゃあもっと昼間に働きましょうよ」 「僕は夜行性だから無理だね。昼間はテンションも上がらないし……。それより賊の手口はわかったのかい?」 「ええ、それは尋問で吐かせました。年季奉公ですよ」 「うん?」  この世界には先払いで大金を払って雇い入れる年季奉公という制度がある。  が、その制度を利用する者というのは即座にまとまった金が必要な者。たとえば多額の借金を抱えていたり、生活の苦しい貧乏人の子であったりと、人身売買のような側面が強くときどき物議を醸す。 「正規に奉公人として裕福な商人の屋敷に就職するんです。奉公人の身元なんて誰もそんな熱心に調べませんからね。それで表向き真面目に働きながら何年もかけて屋敷の見取り図や警備状態を調べ上げるんですよ」 「準備万端整えて、最後は内部からの手引きでひっそり忍び込むってわけか」 「規模の大きい犯罪組織ならではって感じの手口でしたねー。他の商店に潜入済の構成員もあらかた検挙できました。あなたのお手柄ですよ」 「君はどうしても僕に手柄を立てさせたいらしいね」  男の呆れた声に彼女は慌てたように首を横に振る。 「え、いえ、そうじゃないですよ!? 私はただ……同僚に正当な評価を受けて欲しいだけです」  もじもじと言う彼女の様子に首を傾げてから、男もまた首を横に振った。 「“真夜中の騎士”の正体は誰もしらないほうがいいんだよ」 「どうしてです?」 「夜という自分たちの時間に襲い掛かってくるやつが正体不明って、だいぶ不安だと思わない? びびって思い留まってくれたらそれが一番ありがたいよ」  この街には闇に乗じて悪党に襲い掛かる亡霊のような騎士が出るという噂がある。  その名は、ひと呼んで“真夜中の騎士”。
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