ジャムような惜別

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 それを何度繰り返し、脳に焼きつけたころだろうか。ある写真が顔を出すと、K山の指も動作も息遣いもしっとりと止んだ。そろりとN崎が覗き込む。2人は揃って笑いそうにも泣きそうにもとれる表情をしていた。写真の日付が示す日も、今日ほどではなくとも酷く冷たい冴えた空気だった。  N崎が嫌にけろっとした口調で再び話しかけはじめる。素っ頓狂とも言える声色で、明るくわざとらしく話すのは彼のいつもの様子であった。 「そういや今日は大学卒業した日か。いやー懐かしいな。そういえば、俺いまだに覚えてるよ?まじでビビったからさ!覚えってかなー、お前がめっちゃ真面目な顔と声で、これからもよろしく頼む、これでも君をかなり頼りにしてるんだ、これでも親友だからって言ったの。……今かよって感じだけどさ、ほんと俺たちいい腐れ縁でいい親友と思うんだよ。」 「…………。マスター、お冷をお願いします。」 「K山さん大丈夫ですか?……何があったのかは存じ上げませんが、ご無理はなさらず。」 差し出された水面が、K山をあやすように揺れていた。 「あ、そんなに泣くから袖のところ濡れちゃってるじゃん、大丈夫なのかよこれ。いつもの紺色じゃなくて良かったな、K山。せっかく似合ってるんだから、これからも着ろよな。」 引きつったような、けれどもまくし立てるようにして話す明るい声は、瞬く間に静寂に溶けていく。ほのかな明かりが酒の表面をぬらりと照らし、再び週末だからという理由づけを迫った。決して悲しみや呆然さを紛らわせるためではないのだと、そう言い聞かせるように(つや)やかに艶めかしく。  「ちょっと間違えたら、お前に取り憑いちゃいそうだよ俺。やっぱさ、1回卒業式やらないとダメかねぇ。ってさ。」  喪服の男が1人、行きつけのバーで寂寥感に苛まれていた。冬の酷く真っ直ぐで透き通った空気が、線香の香りだけを残していく。
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