水の下、砂の中

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「この地区は前回とほとんど変化していない。土砂の堆積が増えたぐらいだね。」  ダム近くにある公民館の一室で調査結果をまとめながら、教授から講義を受けていた。 「それ以外の地形も変化が少ない。何か原因は考えられるかな?長谷川(はせがわ)さん。」  不意に質問を振られたが、この内容は前回の調査書にも書いてあったので回答はすぐに思いついた。 「そうですね。ダムだと定常的な水流がないのと水生生物の住処が少ないことが原因でしょうか?」 「そうだね。その二つは地形に変化が少ない要因になる。」  教授はこちらの回答に満足したようで、大きくひとつ頷いた。ひとまずこれで今日の調査分の振り返りは終わりそうだ。 「ところで、二人はどうしてこの授業を選択したんだい?」  質問を受けてまず最初に思った事は、「今聞くんだ。」だった。この授業は座学から始まり、校内での実技演習、そして今、現地調査を行っている。授業自体も半分以上終わり、終盤に入っているから今更感はあった。ただ答えない訳にもいかないからどう話すか悩んでいると、渚がさっさと答えだした。 「私はこの子の付き添いです。この調査を行うなら二人以上の参加が必要ですからね。」 「小島さんは友達思いだね。」 「まぁお蔭でしばらくお昼ご飯に困らないんですよね~。」 「それは…なかなか現金だね…。」  渚のあっけらかんとした態度に内心呆れつつ、教授に対してそれで良いのかと思った。本人はカラカラと可笑しそうに笑っているので気にしていないんだろうけど。 「長谷川さんは?」  当然の流れで私にも質問が回ってきた。私の受講理由は私的なもので言い難いのだけど…。 「私は……実は…曾祖母がこの村の出身で、話に聞いてた場所を見たいと思ったのが理由です。」 「そうだったのか。その…曾祖母様はご存命で?」 「いえ、5年前に亡くなりました。」 「それはお悔やみを。」 「90才まで生きたので大往生でしょう。死に際も静かなものでしたし。」  私は淡々と曾祖母の最後について話した。その様子を見てか、渚が私の脇を小突いてきた。 「(じゅん)はクールだね。」 「…うるさいよ。」 「あははは。怖い怖いー。」  明るく笑う渚を見て、なんだか気を使わせてしまったように思えた。まぁ何も考えてない可能性もあるけど。教授も渚の雰囲気に乗るように声のトーンを上げて話し出した。 「いや、この授業を進んでやる生徒が少ないから二人の受講理由をずっと聞きたくてね。」 「それにしてもどうして今聞いたんですか?」 「ある程度打ち解けてからの方が答えやすいだろう?あとは実際に潜ってから心境の変化もあると思ってね。」  それは確かにと思った。最初の授業で聞かれていたら別の無難な答えを言っていたかもしれない。さすが教授。 「ということで、潜ってみて何か変わったかな?」  目線で私に話を振られた。まあ渚に聞いても変わらない答えが返ってくるだけだと思うけど。 「調査書の通り何もないんだなと思いました。」 「うん、そうだね。建物もダムができる前に解体されて残っているのは基礎の部分だけだからね。明日は一カ所だけその基礎まで掘り起こすから、その時にはもう少し実感が湧くかもね。」  教授は机に広げた資料をまとめながら話を締めくくった。 「さて、今日はここまでだ。続きはまた明日。」
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