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翌朝、目覚ましに起こされながら朝の支度をして家を出た。駅に着くと渚から「おはようー」とメッセージが来た。「こっちはもう電車に乗るよ」と返すと、「私もそのうち乗るー」と返ってきた。呆れた返事だけど、私は「遅れないようにね」とだけ送っておいた。
目的の駅に着き、20分ほど待っているとホームから渚が降りてきた。
「さすが潤は早いねー。」
「あんたは時間ギリギリだよ。」
「むぅ。間に合ってるんだからいいじゃん。」
「別に責めてる訳じゃないよ。事実を言っただけ。」
「ふーん。あ、そうだ昨日はありがとね!危うく寝過ごすとこだったよ。」
「まぁ私も直前まで寝てたんだけどね。ギリギリで起きたから。」
「でも寝過ごしても潤の家に泊まれば良かったかな?」
「私の家にウエットスーツを2着乾かせるスペースはないからダメ。」
「えぇーケチー!」
「ケチとかじゃないでしょ…。」
と話していると教授の車がやってきた。挨拶をして車に乗り込み、公民館で着替えて、現地へと向かった。今日は発掘作業があるため通常の装備に加えてエアーリフトなどの専用器具があって重装備だ。
「さて、準備運動と装備の点検が住んだら発掘開始だ。この発掘作業がこの授業のハイライトになるから気を引き締めて行こう。」
「はい。」
「現場での作業をそれぞれ一通りやった後、休憩を入れて、その後本格的な発掘作業に移る。最初は長谷川さんからね。」
教授の宣言と共に始まった作業は、一言で言うと大変だった。二言で言うととても大変だった。慣れない水中での慣れない機材での作業。常に安全に気を配りなから行動するため、気力も体力も削られた。休憩の為に一度陸に戻った時には、溜め息が漏れたぐらいだ。溜め息の後はなにも考えずに木陰に腰を下ろした。しばらく涼をとっていると渚が飲み物を持ってやってきた。
「大変だったねー。」
「だね。ありがと。」
差し出された飲み物を受け取り、早速一口飲んだ。冷えてはいないが喉を通る感覚が気持ちいい。渚も私の隣に座り、一時の静けさを共有した。
「…潤はこの授業取って良かった?」
「うん?まだ途中、というかこれからが良いとこじゃない?」
「いや、何だか潤の夢を壊してるのかなーと思って。」
「あぁ、そういうこと。」
なかなかどうして、気を使わせてしまっていたらしい。私は元々テンションが低い上に自分から誘ったくせに特別楽しそうでもないから心配を掛けたんだろう。申し訳ないなと思うのと同時にとても嬉しかった。
「そんな事ないよ。」
「そう?」
「そう。」
「だって私は今、夢を見ているところなんだから。」
「ふーん。そうなんだ。」
「そうなんだよ。」
「そっか、それなら良いや。」
「うん。ありがと。」
「む、何でお礼言ってるの?」
「言いたかったからだよ。」
渚は顔を逸らしながら「あっそ。」と素っ気なく言った。そんな仕草を微笑ましく思いながら、笑ったら失礼だなと思い、私は目を閉じて顔を上げた。しばらく流れる風を感じた後、おもむろにチヨばあから教えてもらった歌を口ずさんだ。歌と言うより音に近い、独特のリズムがある曲だ。
「…何の歌?」
そっぽを向いていた渚がこちらを見て問いかけた。恥ずかしさはなくなったのかな?
「この村で歌われてた歌だよ。チヨばあに教わった。」
「チヨばあって、言ってた曾おばあちゃん?」
「そう。」
「ふーん。」
渚は唇を尖らせながら前を向いて、
「良い歌だね。」
とだけ言った。そんな様子を見ながら私は
「うん。ありがと。」
と微笑みながら言った。渚は、最初むっとした表情をしていたけど、堪えきれなくなったのか、最後には「ぷっ」と吹き出した。その後は二人で笑いあった。木陰に吹く風がとても心地良かった。
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