11 死角を探る (佐々木side)

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11 死角を探る (佐々木side)

八尋は結婚してからも仕事を続けているらしく、ずっと同じ派遣会社に籍を置いているという。 番婚をするとαはあまりΩを外に出したがらないと聞くのに、八尋のαはよっぽど理解があるのか、間抜けなのか、と佐々木は思った。 けれど、好都合。 付け入る隙がいくらでもありそうだ。 八尋に最も近いと思われる友人の話によれば、八尋は結婚を機に、実家の隣の区のマンションに移り住んだとの事だった。 八尋のSNSも友人経由で知った。 呟きも更新もあまり動きは無く、稼働しているのか心配になってくるようなアカウントだ。 ごくたまに、誰かと何処に食事に行ったとか、実家の犬元気だったとか、それくらいの短い呟き。 付き合っていた時、八尋宅に犬はいなかったように思うから、別れた後に飼い出したのかな、なんて思いながらスクロールする。 すると珍しく画像が上がっていた日があって、見覚えのある景色が写っていた。 『卒業してから8年とか、信じられんわ。』 という一文と共に、卒業式で賑わう校庭の写真。 これは八尋と佐々木が通っていた高校だ。 しかし画像自体は八尋が卒業した時のものではなく、どうやらたまたま車で卒業式の行われていた日にその前を通りがかったら卒業式をしていた、というだけの事らしかった。 八尋は懐かしさから、撮影したのだろうか。 佐々木と別れた後、八尋はどんな気持ちでこの校舎の中で過ごしたんだろうか。 根が真面目で一途そうな八尋が、あの後楽しい学園生活など送れた筈がない。 きっとだいぶ引きずったに違いない、と佐々木はその想像に愉悦を覚えながらスマホの画面を撫でた。 数日後、八尋のマンションの所在と、その所有者である番のαの名を知った時、佐々木は少し驚いた。 その男にごく最近会ったからだ。 徳永 琉弥。 彼は佐々木が呼ばれた本社の社長の甥で、配属された部署の長でもあった。 同年代でも出世が早いのは、同族経営故なのか、優秀なαだからなのか。 初対面での印象はそんなものだった。 α特有の美しい容姿だったが、そんなαは向こうでも何人も見てきたし交流してきた。 それこそ、由緒正しい生粋のアーリア人の純血種の、神様みたいに美しい男や女のαだって。 佐々木はその中の数人と遊んだ事もある。 お前がΩなら、絶対に番にするのにと言い寄られた事も。 βである佐々木にはαの中にある序列や優劣はわからない。 だが、徳永が自分の知っている彼らよりも優れているとは思えなかった。 しかしその佐々木の思惑とは裏腹に、 上司である徳永が上げる業績は目覚しかった。 その時徳永は課長職だったが、数年待たず昇格するだろうと社内の誰もが思っていた筈だ。 現社長の一人娘は声楽の道に進んだと聞いているから、実質徳永 琉弥はこの社の跡取りだ。おそらく末は社長の椅子に座る事になるだろう。 そんな男の元に、八尋はいる。 イラッとした。 迂闊に手が出せない。 付け入る隙が無いかとさり気なく徳永の周辺の人間関係を探ってみても、徳永はさっさと仕事を切り上げると誰に付き合う訳でもなく真っ直ぐ八尋の待つマンションに帰っているようだった。 佐々木は退社した徳永の後を何度か尾けた時、エントランスに下りてきていた八尋の姿を遠目に一度だけ見た。 郵便物を片手に徳永を出迎えた八尋は、笑っていた。 大人になって、背も伸びて。あの頃の頼りない細い肩や首筋ではなくなっているのに、その面差しは殆ど変わらない。 世界中から音と光が消えたようだった。八尋しか見えない。 8年もの年月を越えて、何故こんなにも惹かれるのかわからない。 嬉しかった。元気そうな姿が見られて。 けれど…。 (俺といた時に、あんな風に笑ってくれた事って…あったっけ?) 思い出すのは 仲間といる時の、何処かわざとらしい空笑いばかり。 半ば強引に付き合わせた時も、その後の二週間も、2人の間には微妙な緊張感があった。 心も、体も距離は確実に近づいているとばかり思っていたのに…。 癇に障る。 佐々木が植え付けたトラウマを、八尋は克服したと言うのだろうか。 違う、そんなに軽い男の訳がない。と、佐々木は己の所業を棚に上げて思った。 けれど、普通に考えてみれば、8年という月日はそこそこ長い。 その間、八尋がどれだけ苦しみ、忘れようと足掻いては失敗してを繰り返し、人間不信を拗らせて、徳永 琉弥という人間に出会い、やっと心の傷が癒えつつあるのか。 だがそんな事は 同じ8年を 八尋に触れられない不満を紛らわせる為に それなりに奔放に遊んでいた佐々木のような人間に、わかる訳がないのだ。 仲睦まじい様子でエレベーターに向かって行った八尋と徳永の様子を、佐々木は暗い目で見つめた。 あの2人の何処から突崩すべきか、どんな風に壊せば木っ端微塵になって、戻らないようになるのか。 そればかりを考えた。
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